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2023.09.08

「親から子へ受け継ぎ、家族の思いを繋いでいく」料理家・渡辺有子のアートへの想い / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.15

Interview&Text / Yuuri Tomita
Photo / Kei Fujiwara
Interview&Edit / Quishin & Miki Osanai

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回お話を伺うのは、書籍、雑誌、広告などを中心に活躍する料理家の渡辺有子さんです。『365日。』『渡辺有子のおいしさのもと』など多数の著書を手がけ、アトリエ「FOOD FOR THOUGHT」では料理教室や食にまつわるイベントを開催。素材を生かしたやさしくシンプルな料理が人気で、季節を大切にするライフスタイルも注目を集めています。
広告代理店でアートディレクターを務めたお父さまから色濃く影響を受けた、仕事観や家族観、「日常生活の中で自然にアートと触れることが大切」と語る、渡辺さんのアートへの想いを聞きました。

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  • #湯川正人 #連載

# はじめて手にしたアート
「絵とともに、家族のストーリーが語られていく」

私にとってアートとは、「家族の思い出」が詰まったものです。父は絵の収集が趣味で、実家にはいろんな絵が飾られていました。

我が家の玄関に飾っているこの絵は、もともと実家の玄関に飾られていたものなんです。身のまわりの生きものや風景を描いた画家・熊谷守一さんが描かれたもので、4年前に私たち家族がこの家に住み始めたタイミングで父から譲り受けました。額装も父がしたのですが、手を加えずそのままの状態で飾っています。

出かけるときも、帰ってきたときも、私が小さい頃から毎日、目にしてきた作品です。昔はもっと大きな印象で、描かれている黒い蝶がなんだか怖かったのを覚えています。いつからか家の中で一番好きな作品になり、「譲ってほしい」と父にお願いしていました。色合いがすごく綺麗で気に入っています。

熊谷守一 / 鬼百合に揚羽蝶

父は初めてのボーナスで、この絵を購入したそうです。まさに、私にとっても父にとっても「はじめて手にしたアート」。ですが、私にとっては「アート」というよりも「ずっとそこにあったもの」という表現の方がしっくりくる気がしますね。

私が父から譲り受けたように、自分の息子が欲しいと言うなら、この絵を受け継いでいきたい。「おじいちゃんが初めて買った絵なんだよ」と家族のストーリーが語られて、絵だけでなく家族の思い出も繋がっていくといいなと思います。

 

# アートに興味をもったきっかけ
「自分のスタイルを模索するため、あらゆる物事に五感を働かせるように」

父からは、「歳を重ねていくほど自分らしい、いい仕事ができるように頑張りなさい」と幼い頃からよく言われていました。今思うとありがたい言葉なのですが、昔はかなり悩みました。料理家として独立したての頃は自分の個性がよくわからなくて、“渡辺有子らしい料理のスタイル”をずっと模索していました。

そんなとき、直接的に料理のことだけ考えていても、オリジナリティが広がっていかないことに気がついたんです。料理のために料理本を読んでいるだけでは、いいなと思った内容を実践しても模倣に留まってしまう。絵や写真、造形に目を向けるようになったのは、その頃からです。盛り付けの仕方や食材の色の組み合わせ、器をどうするかを考えるときは、アートなど料理以外のことから受け取った刺激が反映されている気がします。

アートだけではなく、あらゆる物事に対して五感を働かせるようになりました。風の強さ、空の高さ、草花の香り、鳥の鳴き声といった自然や季節にも意識が向いていきましたね。

次第に、「渡辺さんは素材を生かすよね」「季節感を大事にしているよね」と周りの方々に言ってもらえるようになりました。結局、“渡辺有子らしい料理のスタイル”は周りの方々がつくってくれたと思っています。私自身、季節に抗わず、旬の素材を軸に料理を考えることには心地よさを感じています。

 

# 思い入れの強いアート
「息子と重なる、神秘的なのに取り入れやすい作品」

夫の母がこの春に亡くなり、厨子(ずし)という仏具を購入しました。陶芸家の伊藤慶二さんがつくられた、一点ものです。夫婦で仏具を探しに行ったとき、ふたりして一目惚れしてしまいました。

仏具ではあるのですが、私たちにとってはこれもひとつのアートです。中にはガラス作家の熊谷峻さんの作品を飾っています。

熊谷峻 / prayer

義母は息子のことが大好きだったので、息子がよく遊んでいるスペースの近くに置きました。息子にとっても、おばあちゃんを身近に感じられているかもしれません。

厨子の横に並べて置いてあるのは、木彫り作品を制作する彫刻家・大竹利絵子さんの「BOY」という作品。

大竹さんの作品と出会ったのは随分前で、初めて目にしたのは2mくらいある女の子をモチーフにした巨大な作品でした。迫力と温かみある雰囲気に心から惹かれました。

「BOY」を購入したのは2年前のこと。鳥に乗っている少年の様子が、なんだか幼い息子と重なりました。アートというと奇抜な作品もありますが、大竹さんの作品は私にとって受け入れやすいんです。この作品もどこか神秘的なのに取り入れやすさがあって、「しっくり」きています。

 

# アートと近づくために
「日常生活の中で、自然にアートとの向き合い方を知っていく」

花器や器など、生活道具も捉え方によってはアートになりうると思っています。サラダボウルとして使っている器でも、自分なりに見立てて飾ればアートになる。その物がアートかアートじゃないかというのは曖昧な話で、あえて線引きはしていません。好きかどうか、飾りたいと思うかどうか、ただその気持ちを大切にしています。

テレビボードに飾られている花器も、アートのような存在感で佇む

日常生活の中で自然とアートに触れることって、大切なことだと思うんです。息子がよく遊ぶスペースにもアート作品を飾っているのですが、「触らないで」と言うのではなく「触るときは、大事にね」と伝えています。そうすることで、無理なく自然にアートとの向き合い方を知っていくことができる気がします。

最近では飾っている絵や写真が曲がっていると、息子が直してくれるようになったんです。曲がっていると、気になるみたい。作品を大切にしようという気遣いを感じますね。

 

# アートを取り入れた空間づくり
「好きなもので整えられた空間に身を置くと、心が豊かになる」

舟越桂さんの作品

日頃、どういう空間に身を置くかを、とても大切にしています。私にとっては「空間」もアートのひとつで、佇んでいるだけで心地よかったり、歴史を感じられたりする美術館や映画館、お寺や森の中だって、アートのように捉えているんです。

日常から離れた空間に身を置くと、いろんなことに思いを巡らせる時間が生まれます。だから、忙しいときこそ立ち止まって、思いを馳せる時間をつくることを心がけているんです。私は詩集を読むのが好きなのですが、同じ詩でも日によって抱く感情が変わるように、アートもそのときによって受ける印象は全然違うもの。今の自分の心情や感情に、目を向けることに繋がっているのだと感じます。

好きなもので整えられた空間に身を置くと、心は豊かになります。雑然としているところよりも、アートも含め「好きなもの」に囲まれて生活するほうが心地よさを感じますよね。そういう空間をつくろうとするとき、私が大切にしているのは、自分の気持ちだけではなく、家族みんなの気持ちを大切にすること。

家族であっても「いいな」と思うアートが一致するとは限りません。私が好きな作品、カメラマンの夫が撮った写真や趣味で購入した絵、息子が欲しいと選んだ絵。そして、父から受け継ぎ、受け継がれていく絵。これからも自分「たち」がいいと思うものに囲まれて、暮らしていきたいと思っています。

hajimeteart

 

DOORS

渡辺有子

料理家

東京生まれ。季節や素材を生かしたシンプルでわかりやすいレシピが人気。書籍、雑誌、広告などを中心に活躍。2015年より料理教室「FOOD FOR THOUGHT」をスタート。17年には自らディレクションを務める同名のショップをオープン。著書に『渡辺有子の家庭料理』(主婦と生活社)、『渡辺有子のおいしさのもと』(文化出版局)など。

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