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2025.03.26
【前編】あるときサボテンが、私たちの住む地球に見えたんです / 連載「作家のB面」 Vol.31 近藤亜樹
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回訪れたのは水戸芸術館 現代美術ギャラリー。現在開催中の「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」展の会場で待ち合わせたのは、展覧会の主役でもある画家の近藤亜樹さん。どうやら本展で披露されている88点の作品のうち、30点以上が「サボテン」シリーズの作品だとか。なぜ、サボテンだったんですか? 近藤さんにうかがった。
三十一人目の作家
近藤亜樹
震災の余波が残る2012年に画家として世に知られるようになる。日常風景や記憶に残る人々、植物、幼子の言葉といったプライベートなモチーフから、生と死や超越的な自然の力といったテーマまで、自身の中に受け止めながら、それらを描く。
シリーズ「わたしはあなたに会いたかった」(2023) 展示風景 Copyright the artist. Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto
近藤亜樹《I Love You》(2023) 桶田コレクション蔵. Copyright the artist. Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto
ホームセンターで出合った、枯れかけたサボテン


水戸芸術館の会場で近藤亜樹さんと待ち合わせ
──今回「サボテン」というテーマを選ばれたのはなぜでしょうか。
現在、水戸芸術館で開催中の「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」の制作時、壁にぶち当たっていました。作品制作が思うように進まずに悩みがある中で、ある日用事がありホームセンターに立ち寄ったんです。そこで、モグラみたいに毛だらけの、枯れかけたサボテンに出合いました。これまでサボテンというものに注目をしたことがなく、そのときもモグラのような有り様が気になって、たまたま購入しました。土が乾いていたので、家に帰ってすぐに水をやりました。すると、10日ほどですごく大きく成長したんです。そのとき、サボテンの姿と自分の感情が重なってみえました。私もここで枯れている場合じゃない、もう一度挑戦しようと思いながら、再び筆を執ることができました。

近藤さんが最初に迎えたサボテン。現在は生き生きとしている。Photo by Aki Kondo
成長したサボテンは、次第に自分の身をさいて、そこに子ができていました。大きくなったら自分を成長させるのではなく、どんどん自分の体をさいて、新たに子を増やしていく。それをみていたら、心が折れそうになっていたことがちょっと恥ずかしくなってきました。今回はこのサボテンと一緒に生きてみようと思うことで、展覧会のためにサボテンの絵をたくさん描くことができました。
──いい出合いをしましたね。
そもそもホームセンターへはガムテープを買いにいったんです。園芸コーナーに用事があったわけではなく、悩みすぎて徘徊していたんでしょうね。枯れかけたサボテンを見たときは、思わず手に取っていました。このサボテンはこのままでは枯れ果てて捨てられていたかもしれません。でも私には、それがすごく光って見えたんです。なぜだかわからないですが。

──園芸療法というものもありますが、サボテンを育てることがご自身の回復、セルフケアにもつながった感覚はありますか?
水やりをしてから日に日にサボテンが立ち上がっていくのがわかりました。すごく成長するサボテンだったんです。これが本来の姿なんだと思ったら、私も元気がない時期があってもいいのかなと肯定されたような気持ちになりました。サボテンの成長を見て「大丈夫だよ」と言われたような気がしました。自分で自分を治す力があることを見せつけられたんでしょうね。傷や苦悩があったとしても、ちゃんと立ち上がる力は持ち続けている。
──今でもサボテンを育てていますか?
はい。40株くらい育てています。最初はビビビッときたものをただ選んでいたけれど、サボテンと一言で言っても、容姿も色も違うんですよね。なんでこんな形になっているんだろうと不思議に思うサボテンがたくさんあるので、今はいろんな種類を育てています。ただ、家には子どもがいるので、バニーカクタスは買わないようにしています。柔らかそうな見た目だけど、ふわっとしたトゲがたくさんあるじゃないですか。あきらかにトゲトゲしいものであれば危険という認識もできますが、そうではないものは触ってしまうので、まだ危ないなと思って。



近藤さんの家で育つサボテンたち。Photo by Aki Kondo
私にとっては、サボテンも人間も垣根がないんですよ

──今回、サボテンをモチーフにして描こうと思われたのはなぜでしょう。
サボテンに魅せられた感じがありました。それが絵として出てきた結果、サボテンの作品数があまりに増えてしまっていたので、自分でもびっくりしています。それもこれも、サボテンの生命力に感動したからでしょうね。
──今回の展覧会には64点の新作がありますが、そのうち一番多くを占めているのがサボテンの作品です。
こんなにも“サボテン展”になるとは予想していませんでした。サボテンの作品群は通路に当たる部分に設置しています。実際に会場に来られるとわかりますが、長い通路なんですよ。壁側に作品をかけても、鑑賞者にとっては見づらいし飽きられてしまうのではないかと思いました。そこで磯崎新アトリエの現場担当者として水戸芸術館の設計から竣工にまで関わった青木淳さん(本展の展示設計も担当)に話を聞いてもらうことに。水戸芸術館の特徴の一つでもあるこの通路に対して、絵画をどううまく融合させることができるかを相談してみたところ、絵画を立たせてみてはどうだろうというアイデアをいただきました。なるほど、面白いなと思いました。この長い通路を楽しく歩いてもらうためには、何枚の作品が必要かを考えたことと、サボテンを描きたい欲とかが重なって、大量にサボテンの作品が誕生しました。


──絵のモチーフとなったサボテンは近藤さんが育てているサボテンですか?
《月世界》という作品がありますが、実際に我が家でも「月世界」(サボテンの一種)は育てています。ただ、作品になっているほとんどが架空のサボテンです。普段もそうですが、私は何かを見て描くということはしません。だからこそ、触ったり、一緒に暮らしたりする体験をしないと、そのものを取り入れることができないという側面もあります。いろんなサボテンを育てているうちに、いつの間にか擬人化した作品が誕生したりする。もう私にとっては、サボテンも人間も垣根がないんですよ。サボテンは植物で私は人間、と分ける意識はなく、ともに生きている同士のように思っています。

左が《月世界》(2024)、右が《サボテンの女神》 (2024), Copyright the artist. Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto
描いたものに抱きしめられることで、描き終わるんです


──近藤さんにとってサボテンは何かのメタファーとしても存在しているのでしょうか。
私は地球について考えることが結構あるのですが、あるときサボテンが、私たちの住むプラネットに見えたんです。地球はオゾン層などいろいろなものに守られていて、私たちのシェルターのような存在です。一方でサボテンも、トゲで自身を守っている惑星のようにも、心のようにも見えてくる。そう思うと私たち自身も、一人ひとりプラネットとして存在していて、それを守るためにトゲを出しながら生きているんだろうなと感じます。

──地球や惑星について考えていることについて、もう少しお聞きしたいです。
今に始まった話ではないけれども、やはり私は親になってから、子どもを守らなくてはいけないという思いが強くなりました。そして自分軸だけではなく、他人軸でも生きるようになって初めて気づくことも増えました。戦争、争い、災害といった、いろんなものが現在起きているけれど、未来を生きる人たちを育てる中で、大人たちが取るべき行動もピンポイントで見えてくるようになりました。戦争はどちらかが勝った/負けたという話になるけども、そもそも戦争が起きたら人間も生き物も生きていられなくなるし、地球も壊される。誰が勝っても、生き残れる場所がなくなるということなんですよね。みんなそこに必要だから存在しているのに。
──昨今の海外情勢を鑑みても、近藤さんのお気持ちはよくわかります。ですが、近藤さんの作品からは、あまり悲劇というものは感じません。一種の桃源郷のような、守られているような気持ちにさせてくれる感覚さえあります。
たぶん私も、絵に抱きしめられているタイプ。何を描いているのかわからないまま描き続けて、描いたものに抱きしめられることで、描き終わるんです。今回の展示の最後の部屋に、国際芸術祭「あいち2022」に出品した《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》という作品があるのですが、この作品の題材となったのはウクライナ侵攻でした。テレビを観ていて、当時3歳の子どもが必死に訴えたんです。「ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよね?」と。その言葉は私にグサッと刺さりました。道徳的には本当にその通りだと思います。ただ、そのときに苦しむ彼らを見て私はすぐに「そうだよ」と言ってあげられなかった。子ども達の多くは、友達と仲良くしようねと日々言われていると思いますが、誰にだってそうできないときもある。改めて伝えるということの難しさを痛感したのです。そのとき何か開けてはいけないパンドラの箱が開いてしまったような感じがして、この絵を涙を流しながら描いたのですが、完成したのは希望の絵でした。
──災いが詰まったパンドラの箱の中に最後に残っていたものが希望ですね。
「この世にはもう悲しいことがたくさんあるから、悲しいことは描かなくていいよ」と、絵から言われた気がしました。それで私も救われて、子どもには改めて「やっぱり友だちになるために僕らはここにいるんだと思う」と伝えました。子ども同士ではケンカも起きます。でも、ケンカはしても戦争はしてはだめだと今ははっきり言えるようになりました。

《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》(2022) 展示風景 Copyright the artist. Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto
──絵から教えてもらったんですね。
そうなんです。
──お子さんを産んでから、作風に変化を感じますか?
自分軸だけではなくなったことによる変化はあるかもしれません。自分の中から生まれるものではなく、別のなにかから生まれるものに対して考えることが多くなりました。
──今回の展示構成は通路も各部屋も仕切りがなく、とても開放的だと思いました。作品のもつ明るい雰囲気ともマッチしていると思います。
とにかく明るい気持ちで帰ってほしいんです。

Information
近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は
躍動感溢れる筆遣いと力強い色彩の絵画で知られる近藤亜樹の個展。本展では、生命の祝福、他者と共に在ること、2022年以降ますます切実さを帯びる災害や戦禍にある人々への想い、葛藤とレジリエンスなど、近藤亜樹の作品をとおして「生きること」と「描くこと」が切り開く世界に迫ります。
会期:2025年2月15日(土)~5月6日(火・振休)
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
住所:茨城県水戸市五軒町1丁目6−8
公式サイトはこちら
ARTIST

近藤亜樹
1987年北海道生まれ。2012年サンフランシスコ・アジア美術館での企画展「PHANTOMS OF ASIA: Contemporary Awakens the Past」に10メートルを超える大作絵画《山の神様》を出展。以後、描くことで現実に向き合う自らの創作を探求し、2015年には約14,000枚の油彩と実写を組み合わせた鎮魂の映画《HIKARI》を発表するなど、絵画表現の可能性を拡げてきた。2020年から山形県を拠点に活動している。 主な展覧会に「わたしはあなたに会いたかった」(個展、シュウゴアーツ、2023年)、国際芸術祭「あいち2022」(2022年)、「星、光る」(個展、山形美術館、2021年)、「高松市美術館コレクション+ 身体とムービング」(高松市美術館、2020年)、「絵画の現在」(府中市美術館、2018年)など。受賞歴に2022年VOCA奨励賞、2023年絹谷幸二芸術賞などがある。
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