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ESSAY

2022.07.15

民俗学者・畑中章宏が選ぶ、祭りの決定的瞬間を撮った写真集

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Ryu Maeda
Edit / Eisuke Onda

古今東西、さまざまな写真家たちが祭りにインスピレーションを与えられ、行事の決定的瞬間を記録してきた。それゆえ、祭りをテーマにした写真集は国内外問わず数多く存在している。

写真家の視点で切り取られた人々の熱狂(ハレ)とその土地の暮らし(ケ)は、本を通して私たちの想像力を刺激してくる。それはまるで、芸術祭に出向き、その土地らしいアート作品を鑑賞したときのよう。

今回の記事では民俗学者であり、編集者としても活躍し写真集を手掛けてきた畑中章宏さんが「祭り」をテーマにした写真集を選書。海外の写真家が覗いた祭り、日本の巨匠が残した祭りの写真、民俗学者が撮影するハレとケなど、畑中さんと祭りの写真集の世界に触れてみよう。

 

写真家にしか撮れない祭り

民俗学の視点からすると、祭りの写真には大切な役割があるといえます。写真は伝統行事を記録し、伝承していくための重要なメディアなのです。かつては絵だったものが写真になり、そして今では多くの情報量を収められる動画がその使命の多くを担うようになりました。では、祭りの写真はもはや価値がなく、ジャンルとして衰退しているのか。いいえ、そんなことはありません。風土の特性が如実に現れるハレの瞬間である祭りは、写真作家にとって最高の被写体。現在でも祭りは多くの写真家を魅了し、シャッターを切らせています。そしてその写真からは、写真家が日本の風土やコミュニティに対してどう考えているのかが映し出されているように感じます。撮る人が祭りをどう解釈し、どう表現しているのかという作家性を垣間見られることにも、祭りの写真集を楽しむ醍醐味はあるのです。

 

①『YOKAI NO SHIMA 日本の祝祭 ― 万物に宿る神々の仮装』 / シャルル・フレジェ

フランス人の写真家・シャルル・フレジェが2016年に発表した写真集。秋田から沖縄の離島まで、1年以上かけて日本列島を巡り、各地の民族衣装などを撮影した。青幻舎刊 / 4,180円(税込)

世界各地の民族・部族が大切に守っている伝統的な民族衣装や儀式用コスチュームを纏った姿を撮影しているフランス人写真家のシャルル・フレジェ。これは彼が日本の全国58か所をめぐり、この列島固有の来訪神や鬼たちの姿を撮影したものです。おもしろいのは、祭り自体をその場で撮影しているわけではく、彼のコンセプト通りのシチュエーションで改めて場所やポージングを指定しながら撮影されているということ。「祭り」の文脈から切り離し、日本列島にはこれだけ珍しい仮面と衣装があるということを抽出することで、日本の祭りの独自性がより一層明らかになっていると思います。ヨーロッパの獣人を撮影した『WILDER MANN 欧州の獣人 ― 仮装する原始の名残』(青幻舎)という本作と対となる写真集もあるのですが、2つを見比べるとヨーロッパ全土に残る祝祭と日本の仮面文化に共通点が見えてくるから不思議です。

沖縄県宮古島に伝わる厄払いの神・パーントゥ

鹿児島県南さつま市で行われる祭りヨッカブイ(高橋十八度踊り)に登場する河童の一種で、水神のガラッパ

 

②『童暦』(わらべごよみ) / 植田正治

1913年に鳥取県西伯郡境町(現境港市)に生まれた世界的な写真家・植田正治が最初に発表した写真集。10年以上、出生地を撮り続けた写真をまとめた1冊。中央公論社刊 / 絶版

出生地である鳥取県を拠点に活躍した写真家の植田正治。砂丘に家族を配した作品など、前衛的な構図の演出写真で知られる彼が<映像の現代>シリーズの一環で1971年に刊行した、実質的なファーストブックがこちら。山陰の風土を背景に、子どもたちを四季を通じて撮り収めた作品集です。祭りであってもドキュメントとして撮るわけではなく、彼なりの造形感覚や構図感覚に落とし込んでいるのだからさすがです。祭り以外の子どもたちの日常風景も収められているのですが、これが『童暦』というタイトルの妙で、「子供時代は一年中が祭りだった」という感覚を思い起こさせる作品だなと思います。子供の尺度からすると、ハレとケの往復や循環はないんですよね。常にハレという暦を子供たちは生きている。おそらく僕が知っているかぎりの日本の写真集の中で、ベストワンに近い作品です。

 

③『宮本常一が撮った昭和の情景〈下巻〉昭和40年‐昭和55年(1965‐1980)』 / 宮本常一

1907年生まれの民俗学者・宮本常一が日本全国を巡り撮影してきた10万枚の写真を8500枚に厳選し上下巻にわけた写真集。祭りと祭りの間の瞬間を切り取った写真を掲載している下巻がオススメ。毎日新聞出版 / 絶版 / 写真提供:畑中章宏

民俗学者が祭りをどう撮るのか、ということがわかる写真集です。年に1回の祭りとなると、みんな撮影に必死になるもの。再演もしてもらえないですし、その瞬間を切り取るしかないわけですから。一番いい瞬間を逃さないように対象物に集中してレンズをじっと見てしまうので、祭りの全体像なんて見てないということもよくあります。ではそのとき、宮本常一はどうしていたかというと、舞台の袖の観客を撮っているんですよ。その祭りに村のどんな世代の人が、どんな服装をして、どれくらい興味を持って見ているかを知るために、祭りの重要な構成員である村人の様子というものにカメラを向けている。実は祭りというものはこの人達を含めて祭りなんですよね。ARToVILLAから「決定的な瞬間を捉えた」というお題でしたが、それこそ決定的瞬間ではないところを撮っていることにも価値がある、ということを伝えてくれています。

DOORS

畑中 章宏

民俗学者/編集者

1962年、大阪生まれ。近畿大学法学部卒業。主な著書に『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)、『天災と日本人』『廃仏毀釈』(ちくま新書)、『五輪と万博』『医療民俗学序説』(春秋社)、『忘れられた日本憲法』 (亜紀書房)など多数。また、編集者として2022年に東京現代美術館で開催された第2回「Tokyo Contemporary Art Award」受賞記念展の藤井光の作品集の編集を担当した。

volume 03

祭り、ふたたび

古代より、世界のあらゆる場所で行われてきた「祭り」。
豊穣の感謝や祈り、慰霊のための儀式。現代における芸術祭、演劇祭、音楽や食のフェスティバル、地域の伝統的な祭り。時代にあわせて形を変えながらも、人々が集い、歌い、踊り、着飾り、日常と非日常の境界を行き来する行為を連綿と続けてきた歴史の先に、私たちは今存在しています。
そんな祭りという存在には、人間の根源的な欲望を解放する力や、生きる上での困難を乗り越えてきた人々の願いや逞しさが含まれているとも言えるのかもしれません。
感染症のパンデミック以降、ふたたび祭りが戻ってくる兆しが見えはじめた2022年の夏。祭りとは一体なにか、アートの視点から紐解いてみたいと思います。

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