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- さまざまな時空と土地、人々の眼差しを結ぶ。 / アーティスト・スクリプカリウ落合安奈が捉える風景
INTERVIEW
2023.10.06
さまざまな時空と土地、人々の眼差しを結ぶ。 / アーティスト・スクリプカリウ落合安奈が捉える風景
Text / Mami Hidaka
特集「交差する風景」では、“部屋のなかや慣れ親しんだいつもの道、インターネット、SNS、旅先の風景……”と、一言では言い表せないほど多様に広がる「風景」のあり方について、さまざまな人の視点を借りて考えていきます。
今回登場するのは、日本とルーマニア、2つの母国に根を下ろす方法を模索し、現在はルーマニアで1年間の滞在制作を行うアーティストのスクリプカリウ落合安奈さん。「土地と人の結びつき」への関心のもとフィールドワークを行い、さまざまな時空や土地の風景を複層的に表現してきた彼女に、創造の源泉について伺いました。
大丸松坂屋百貨店がスタートしたアーティスト育成プロジェクト「Ladder Project」の第1弾支援アーティストとして、10月末の京都で開催される「Art Collaboration Kyoto」で発表する新作では、もう一つの母国での滞在制作を経てどのような風景がどのように展示されるのか、注目が集まります。
インタビューを担当したのは、先入観に縛られない<ニュートラル>な視点を読者へ届ける東京発のウェブマガジン「NEUT Magazine」の副編集長、南のえみさんです。
スクリプカリウ落合安奈
日本とルーマニアの2つの母国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持つ。国内外各地で土着の祭や民間信仰などの文化人類学的なフィールドワークを重ね、近年はその延長線として霊長類学の分野にも取り組みながら、インスタレーション、写真、映像、絵画などマルチメディアな作品を制作。「時間や距離、土地や民族を越えて物事が触れ合い、地続きになる瞬間」を紡ぐ。
《Mirrors》(2019)
《わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり》(2021、ANB Tokyo)
ーーまず初めに、アーティストを志したきっかけを教えてください。
美術の道に進んだきっかけは、日本とルーマニアのミックスルーツである自身のバックグラウンドにあります。日本とルーマニアの両親のもと日本で生まれ育つなかで、外国人として扱われたり、初対面の方からいきなり「ハーフですか?」と言われたりすることが多く、幼少期から日常的に「あなたは”私たち”とは違う」と線を引かれるようなマイクロアグレッション(自覚のない差別)を経験してきました。
そのたびに砂粒を飲み込んでいるような感覚があり、その砂はどんどんと溜まって苦しくなる一方。幼少期から孤独に差別やマイクロアグレッションと向き合うなかで、アイデンティティー・クライシスに陥ってしまった時期もありました。しかしインターネットが発達したことで、大学生の頃には、それらの問題はすごく長い人間の移動の歴史の中で複雑につくり出されてきたものであり、自分ではなく社会の構造に問題があると気付くことができました。
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
そこからさまざまな物事を俯瞰して考えられるようになり、差別や分断の問題に対して、私は美術というアプローチで現状を変えたいという思いを強くしていきました。当事者としてそういう強い思いがあると同時に、一歩引いて、人間が差別や分断を引き起こしてしまう現象自体に関心を持つようにもなりました。
ーー「2つの母国に根を下ろす」とは、安奈さんにとってどのような意味を持ちますか?
《わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり》(2021、ANB Tokyo)ミクストメディアインスタレーション
大学生になる頃には、日本とルーマニア、2つの母国からピアノ線で引っ張られて宙ぶらりんに浮いた状態で生きているような感覚がありました。日本の法律に対しても、「どちらか一つの国の国籍を選択するように」という抗えないような大きなプレッシャーを感じていました。
一時は「スクリプカリウ」の名前を捨てようと思うほど、ミックスルーツをコンプレックスに感じていましたが、美術の道に進んでしばらくしてから、自身のルーツと向き合わないままでいるといつか作品がつくれなくなってしまうと感じるようになりました。そして2015年、成人してから初めて自分の意思でルーマニアに十数年ぶりに訪れたことが、人生として、そして作家としての転機になりました。
いざスクリプカリウの名前を捨てたところで、結局外見で一生なにか言われ続けるのであれば、自分のバックグラウンドから逃げるのではなく真正面から向き合おうと思ったんです。2つの母国にズブズブと根を下ろしてやろうと決心した日から、人生をかけた実験と作品制作が表裏一体となりました。
ーー安奈さんは、2022年のはじめに公益財団法人ポーラ美術振興財団の「若手芸術家の在外研修助成」に採択され、「土地と人の結びつき」というテーマで、同年12月からルーマニアで1年間の滞在制作をスタートしていますね。アイデンティティや文化など、「人」について探求するときにはいろいろなアプローチがあると思いますが、なぜ「土地」に着目したのですか?
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
私にはルーマニアの血が流れているとはいえ、ルーマニアについて知らないことのほうが多いので、今回の滞在制作は、「生まれ育っていないもう一つの母国の人間になる方法」の実証実験の旅でもあります。
ルーマニアの中でもコミュニティによって文化が異なりますし、たとえば祭りに関してはお金と時間を割き、時には命を危険に晒してまでなぜ取り組むのだろうと不思議に思うことがあります。しかし最初は余所者の私が最終的にその土地を深く理解するためには、自分にはない“土地との深い結びつき”を持っている人々にアプローチすることが重要になってきます。
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
祭りや儀式、風習には、その土地の哲学が凝縮されているので、きっとそこから人々の中に眠る帰属意識や共同体のあり方を含むその土地の哲学についての糸口が見えてくる。一つひとつ訪ね歩き、地元の人との対話を重ねるなかでその土地の哲学を紐解き、やがては根を下ろすことができるのではないか──そんな仮説のもと、ここ8年はフィールドワークを行っています。
ーーもう一つ、作品のテーマとして「国や文化、民族を超えてつながる」を掲げていらっしゃいますね。近年は、そのテーマに対して文化人類学だけではなく霊長類学からもヒントを得ているそうですが、きっかけは何でしたか?
《Mirrors》(2021)photo:Arito Nishiki
《Mirrors》(2020)
《Mirrors》(2019)
大学在学中、手探りでやってきた自身のフィールドワークが人間や社会に人間のあり方を見ようとする文化人類学の領域に重なることに気づきました。さらにその後に訪れた上野動物園で、すごく手の長い猿から白黒のフリンジの服を着ているような猿まで、さまざまな霊長類を目にしてからは急激に霊長類学に惹かれてしまって。長い歴史の中で色々な環境に適した体の形や色が形成されていった結果として魅力的な違いを持つ霊長類に釘付けになりました。
これまでは文化人類学的な取り組みとして、人間社会の中で人間について考えてきましたが、さまざまな霊長類との出会いをきっかけに「サルの中に人を見て人の中にサルを見る」感覚が芽生えました。以来、外見や民族や文化、信仰などの違いから生じる分断や摩擦を緩和する糸口の模索の軌跡を、サルの中に見出す絵画シリーズ《Mirrors》を制作しています。たとえば、人間社会では実現できない本質的な共生が、あるサルの社会では実現できているのはなぜなのか。文化人類学と霊長類学を同時に研究することで理解が加速し、次の作品制作に繋がっています。
ーー今回のARToVILLAの特集テーマである「交差する風景」は、安奈さんの作品と通ずるように感じます。このテーマを聞いて思い浮かんだ「風景」はありますか?
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
今やルーマニアの風景や生活が自分の日常なので、今後日本に戻った時の数日間は、日本独自の風景や文化に違和感を感じるかもしれません。その数日間は、日本というものを身体的に感じられる大事な時間なので、かつての日常に自分が再び入っていくときのズレや風景の交差の感覚をきちんと記録したいと思っています。
また「交差する風景」と聞いてもう一つ思い浮かべたのが、過去ベトナムで行ったフィールドワークの中で、江戸時代に異国の地で永い眠りについたある一人の日本人の墓との出会いのことです。その日本人はベトナムにフィアンセがいましたが、当時日本が「鎖国政策」を始めたことにより、日本に帰るか、日本に一生帰らずベトナムで骨を埋めるかの選択を強いられ、結局日本に帰ったものの、その後自分で船をこさえて、海を渡ってベトナムまでフィアンセに会いに行ったそうです。個人では抗いがたい大きな力に対して、「愛する人に会いたい」という一心で海を越えられる人間の可能性にすごく心を震わされました。
《骨を、うめる - One’s Final Home》(2019-2021) ビデオ・サウンド インスタレーション その出会いを通して生まれた「自分の骨をどこに埋めるのか」という大きな問いを出発点に、帰属意識を含む人々の心理の奥底にあるさまざまなものを映し出した
《骨を、うめる - One’s Final Home》(2019-2021) ビデオ・サウンド インスタレーション Photo by Tatsuyuki Tayama
墓石に彼の故郷が長崎の平戸だと彫られていたので、翌年の2020年、偶然にもパンデミックで国や県などさまざまな境界が閉鎖され「鎖国」が現実になったような状況下で、平戸まで向かいました。歴史的に隠れキリシタンの地として有名ですが、出島よりも先に海外との貿易の窓口として栄え、さまざまな国の人々が行き来していた場所でもあります。当時は鎖国に加えてキリスト教の脅威を恐れた幕府の強攻策である禁教令や、「混血児追放令」が下され、国外追放されたミックスルーツの子供たちがいた一方で、台湾を占拠中のオランダと戦い勝利をおさめ英雄になったミックスルーツの歴史的人物など、さまざまな人々の眼差しが交差している場所だと感じました。いろいろな時空と眼差しが重なっていることを思い出し、何度でも考察できる風景は、自分が作品をつくるなかで一番大事にしているものです。
「Ladder Project」第1弾支援アーティストの玉山拓郎さんの記事はこちら!
ーー最後に、ACKでのLadder Projectで発表する新作についても教えてください。
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
今回は、写真を軸にした新作インスタレーションを発表します。ルーマニアでは10ヶ月間カメラを肌身離さず携えて常に目とカメラが一緒になるような日々を過ごし、大地のすぐそばで生きている人々の営みや生き物の鮮やかな生と死、目に見えない深い信仰、この土地に滲み出てくるような風景を捉えてきました。ルーマニアでの長期にわたる滞在制作を経て、自分の作家としての第2章の思いが詰まった作品が全世界初公開となりますので、たくさんの方にご覧いただきたいです。
また同時期に開催されるARToVILLA MARKETの会場3階では、インスタレーション作品に関連した作品を展示します。私の長年の夢であった重厚感のあるフォトボックスも制作しました。一枚だけではなく写真集のような複数枚の組み写真の形で、ルーマニアの大地を吹く風やその香りがそこにあるかのようなフォトボックスになっています。こちらは販売もしますので、ぜひ2会場合わせて、足を運んでいただけたら嬉しいです。
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
スクリプカリウ落合安奈さんが、ルーマニアでの滞在制作中に撮影した写真
「Ladder Project」で発表した作品を2024年3月に東京・OFS GALLERYで展示します
Information
Art Collaboration Kyoto(ACK) Special Program
「Ladder Project(ラダー・プロジェクト)powered by Daimaru Matsuzakaya」
■展示アーティスト:
スクリプカリウ落合安奈
会場:国立京都国際会館(京都市左京区宝ヶ池)
展示日時:10月28日(土)12:00–19:00、10月29日(日)11:00–19:00、10月30日(月)11:00–17:00
入場料:ACK(https://a-c-k.jp/)に準ずる
玉山拓郎
会場:Bijuu(京都市下京区船頭町 194 村上重ビル2F)
展示日時:2023年10月27日(金)11:00–19:00、10月28日(土)11:00–22:00、10月29日(日)11:00–19:00、10月30日(月)11:00–17:00
入場料:無料
■企画監修:山峰潤也
■制作:株式会社NYAW
■制作進行:株式会社ロフトワーク
ACKで発表する作品の関連作品は、下記の会場にて購入も可能です。
場所:FabCafe Kyoto 3F (京都市下京区本塩竈町554)
展示期間:2023年10月27日(金)- 30日(月)
開催時間:11:00–19:00(最終日は17:00まで)
入場料:無料
※こちらの会場1F・2FではARToVILLA MARKET Vol.2を開催しております。
詳しくはこちら
ARTIST
スクリプカリウ落合安奈
美術家
1992年埼玉県生まれ。東京藝術大学油画専攻を首席、美術学部総代で卒業。同大学大学院グローバルアートプラクティス専攻修了。同大学大学院彫刻専攻博士課程に在籍。埼玉県立近代美術館(2020)、ルーマニア国立現代美術館(2020)、東京都美術館(2019)、世界遺産のフランスのシャンボール城(2018)やベトナムのホイアン(2019)など世界各地で作品を発表。主な受賞歴は、ARTnews Japan「30 ARTISTS U35 2022」、「TERRADA ART AWARD 2021」 鷲田めるろ賞、「Forbes Japan 30 UNDER 30 」2020、「Y.A.C. RESULTS 2020」SWITCHLAB / ルーマニアなど。令和4年度公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員としてルーマニアで活動。 Photo © Kotetsu Nakazato
DOORS
南のえみ
1991年東京都世田谷区生まれ。獨協大学英語学科を卒業後、英サセックス大学で 「Media & Culturral Studies」の修士号を取得。大学院では主に人種やジェンダー、階級などのアイデンティティ問題について研究した。帰国後は音楽誌や映画配給会社でのインターンを経て、 NEUT Magazine前身『Be inspired!』 の編集部に入り、NEUT Magazineにリローンチ後、副編集長に。2023年11月から独立予定。
volume 07
交差する風景
わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。
この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。
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