• ARTICLES
  • 台湾出身アーティスト、デモス・チャンが語る。 「現代美術は、古いものに対して新しいチャレンジをすることで生まれ出てくる芸術」

INTERVIEW

2025.09.17

台湾出身アーティスト、デモス・チャンが語る。 「現代美術は、古いものに対して新しいチャレンジをすることで生まれ出てくる芸術」

Interview / Shohei Yamaguchi, Naoko Kinoshita
Text / Fumi Itose
Photo / Evan Tsai

台湾出身のアーティスト、デモス・チャン(Demos Chiang)は、アーティスト、デザイナー、デジタルアート・キュレーター、そしてジャンルを越えたクリエイターとして多方面で活躍している。

現代の華人社会において最も影響力のある名門一族の家系に生まれ、幼少期から芸術的な空気と厳格的な教育が息づく家庭環境で育ち、同時に西洋式教育も受けながら、東洋と西洋の文化が交錯する環境に深く身を置いてきた。

この複合的な背景が、彼の創作において東洋の精神を受け継ぎつつ、西洋的な実験精神で伝統に挑む姿勢を可能にしている。大丸東京店での個展開催を機に、彼のチャレンジや新しい技法による作品について話を訊いた。

デモス・チャン(Demos Chiang/蔣友柏

001-interview_demos-chiang

デモス・チャン(Demos Chiang/蔣友柏)は1976年生まれ台湾出身。アーティスト、デザイナー、デジタルアート・キュレーター、そしてジャンルを越えたクリエイターとして多方面で活躍中。
米国ニューヨーク大学在籍後、2003年にデザイン会社「橙果設計公司」を設立。2005年にはルノーF1チームのロゴを担当するなど、30歳にしてすでに商業デザインの分野で卓越した成果を収めたことで、彼の存在は国際的にもクリエイティブな領域で注目を集めてきた。
過去4年間、東京を皮切りに、中国(北京・上海)、日本(金沢)、インド(プネー)、韓国(ソウル)、シンガポール、等の世界各地で話題となる国際展覧会を開催。2021年には中国・成都で行われたビエンナーレ「超融体」に招かれ、メイン会場のアーティストとして出展したインスタレーション作品が高い評価と称賛を受けるなど、それぞれの国、都市に独自の芸術的軌跡を残してきた。
現代の華人社会において最も影響力のある名門一族の家系に生まれ、幼少期から芸術的な空気と厳格な教育が息づく家庭環境で育ち、その中で西洋式教育も受けながら、東洋と西洋の文化が交錯する環境に深く身を置いてきた、この複合的な背景が彼の創作において東洋の精神を受け継ぎつつ、西洋的な実験精神で伝統に挑む表現スタイルの礎となっている。


アーティストになった意外なキッカケ

──商業デザイナーとして優れた業績を上げ、複数の世界的な賞も受賞していた中で、アーティストになろうと思ったのはなぜですか?

実は離婚がきっかけなんだよ。離婚する前から、私はデザインや設計を中心に仕事をしていたけど、その仕事に少しずつ目的意識を持てなくなってしまっていた。お客さんからこういうのがほしい、やってほしいという希望があって私の仕事は成り立っていたけど、やればやるほど、仕事に付加価値があまりつかなくなってきていると感じるようになった。そのタイミングで離婚することになって、自分の環境や生活が一度解き放たれて、新しくニュートラルな状態になった。そこで新しいことをやってみたいと考えたんだ。

 

──新しいこと、と考えた中で、なぜアートの世界に進もうと思ったのでしょうか?

もともとアートは大好きだったから、自分も制作して、その翼をどんどん広げていきたいという思いが深くなってきたんだ。そう考えたときに、いままでの人生でいろいろな経験をしてきたことを、言葉として表すのではなくて、絵画などの作品を通して表現したいと思った。

最初の一年は、どういう作品を描きたいか、という模索からはじまった。模索する中で、特殊な出生の背景や自分の人生、中国というテイストを活かして表現しようと思ったんだ。あとは、伝統的な技法や素材、そして通常絵画制作で使用される素材とは異なる、また「絵とはこう描くんだ」っていうスタンダードから外れたやり方で表現しようと考えた。自分だけの作品制作をしよう、と。

 

──最初はどのような作品を制作したのですか?

最初に制作したのは、大きな水槽に水を張り顔料を入れて、キャンバスを沈め、持ち上げて顔料を写し出した作品。このときは新しいやり方、作品を生み出したと思ったけど、実は違った。既にイスラエルで同じような表現があることがわかったんだ。

 

──日本画の“たらしこみ”(※1)という技法にも少し似ているかなと思いました。

そう、自分では新しいものだと思っても、すでに技法として成立していたりする。でも、そんなすでにある技法が自分の想像力とどんどんと積み重なって、新しい技法が生まれると思うんだ。

※1.....先に塗った水墨や絵の具が乾かないうちに、異なる濃度や色の水墨、絵の具を加える技法。主に、江戸時代を通して琳派の絵師を中心に用いられた日本独自の技法とされる。

いまが一番オリジナリティのある作品をつくっている自信がある

私は今、工業的な塗料で制作をしている。描き方も伝統的な描き方を踏襲してそのまま描いたり、筆でただ描くというのではなく、いろいろな技法を組み合わせている。たとえば色を弾き出すようなスプラッシュ(飛沫)や、絵具を伸ばすことで色を重ねたり混ぜたりするスクレイピン(擦り)といった技法を使ってみたり。あとはいわゆる文人書画(※2)的な、作品の中に詩歌を入れ込んだりもしている。いろんな技法を使うことで、エッジの効いたところもあれば、ふわっと優しいタッチのところもある作品になっていると思うよ。

過去に様々な作品制作をしてきた中で、先ほど言ったみたいに、自分では新しいものだと思ってやってみたら、実は違っていたということは何度もあったよ。私はそういうすでに使われている技法や素材を知り、どんどん自分なりにチャレンジして、新しい今の私だけの技法、作品を生み出していると思う。だからといって、基本的な表現や考え方は変えていないよ。

※2……文人書画は中国唐代に生まれ、詩・書・画が融合した表現で写実より心情を重視した画風。日本では江戸時代中期に伝わり南画として発展し、池大雅や与謝蕪村らが自由で明るい作風を確立した。

──そのときどきで自分に合った素材などを使用するけれども、根本は変わっていない。

そうだね、素材についてはいろんなハードルが下がってきたと思うんだ。たとえばゴッホとか過去の巨匠たちの時代は、黄色や青の画材がものすごく高かった。でも時代が経つにつれ、値段などのハードルが下がって、当時よりも気軽に使えるようになった。それはほかも一緒で、工業用にしても、前よりも簡単に使えるようになったから、どんどん表現にも反映させていこうと思っている。

ほかのアーティストの作品を見ていても、工業的な顔料や塗料を使用した作品はあまりない。あまりないというか、自分だけしかない。なので、今が一番オリジナリティがある制作をしていると自信はあるね。でも、ただ新しいことだけをすればいいわけじゃない。過去を知ることが大切だと思っているんだ。

《小小世界 - Little world》 55x65cm 2025年 キャンバス、ミクストメディア

──伝統を知るからこそ、新しいものが生まれる。

そう。私の考えなんだけど、現代美術というのは、たとえば古いものに対して新しいチャレンジをすることで生まれ出てくる芸術。昔のやり方で昔のものを描くというのは、これは現代美術という感覚ではない。一番必要なものはチャレンジ。昔のものを新しいやり方で、さらに新しいものをつくりだすチャレンジを繰り返してきたんだ。

たとえば村上隆さんと同じようにやったとしても、それは村上隆さんのようなものになってしまう。オリジナルじゃないですよね。違うもの、自分のテイストを出していくためには、そういうチャレンジにこだわっていきたいという感覚がある。ただ、今はそういった模倣的な作品が多くなってきた気がするんだ。

 

──現状の現代美術のアートシーンはチャレンジがあまりされていないと考えられているんですか?

自分だけの作品をっていうチャレンジは少ないように感じるね。現代美術の中で私が憂慮している、懸念していることは、アーティストが自分の作品に対して正直じゃないというところ。自分たちのバックグラウンドや人生、子どものころから触れてきたものや見てきたもの、そういった自分の経験でつくられているようには見えないんだ。極端なことを言ってしまうと、誰かにインスパイアされました、誰々のものを良いと感じました、なのでそれを自分の作品にしてみました、ということをやっているだけ。そういうところが、いまの現代美術で非常に残念なところだと思う。私は、自分の経験というところに重きを置いている。

《柔光之日 - Soft sun》 109x70cm 2025年 キャンバス、ミクストメディア

“太陽”という敵を取り込む

──チャレンジを繰り返してきたチャン氏ですが、今チャレンジしていることは?

太陽光、湿気など絵画にとって“敵”と言われる環境の下でいかにしっかりと表現ができるかということ。たとえば今回の個展のために、二頭の龍と桜の作品を描いた。今回の会場(大丸東京店ART GALLERY)は高層階の10階にふたつのギャラリーが連なっている。そのふたつのギャラリーを龍に見立てたんだ。

そしてもうひとつが桜という日本のイメージ。桜の作品は全部で30,000輪以上の花が描かれているんだけど、太陽の光が斜めから当たることで、桜の部分に光が反射して、床にその桜の花びらが水面のように映し出される。

家で太陽の光を当てたときに、桜が水になり、命を表す。生命力を作品で表現できるようにしているんだ。

──敵であるはずの太陽が、新しい表情を生み出すわけですね。太陽の動きによってその表情も毎秒変わり、同じ瞬間はない。

絵画は太陽から逃れるように飾られるけど、私の作品は太陽と一緒に楽しんでもらいたい。良い作品は太陽の下では描くことができないと思われてきた。まだチャレンジの途中だけど、いかにして太陽光の下でこういった表現ができるのかをもっと模索していきたいね。

太陽も芸術のひとつの素材であり、芸術を表す道具というか、作品の一部だと思っているよ。

 

──誰もこれまで率先して太陽を味方にしようなんて考えてこなかったと思います。

どんなアーティストも太陽光の下で描き、鑑賞する作品を積極的に制作しようなんて考えつかなかったと思う。「私がはじめてやったんだ」って少し得意げに思っているよ(笑)。

あと湿気も大敵だけど、水がかかったとしてもサッと拭き取れるような表面になっているんだ。だから少し濡れても大丈夫!

すべてに生命が宿り、
そのすべてに尊敬の念を持つ

──先ほど太陽光に映し出された桜が水になり、命全体を表すとおっしゃいましたが、作品の中で“命”というのは大きなテーマなのでしょうか。

いろいろなチャレンジを経て今があるわけだけど、作品を制作する根底には、中国の“万物はすべてつながり、すべてに命がある。そしてそのすべてに対して尊敬の念を持つ”という考え方を反映しているんだ。それに私は自分の経験したことを、正直に表現することも意識している。先ほども現代美術の話の中で言ったけど、自分に正直にあれ、というのがポリシーだね。

 

──やはりそれはご自身のバックグラウンドが関係している?

小さいころから書道や水墨画といった中国の伝統的な芸術に親しんできたから、中国のそういった考えは当たり前に身についていたよ。でも教育は西洋式だったから、その双方を自分はうまく取り込めた。その経験があるからこそ、いろんなチャレンジができたんじゃないかな。

──チャン氏の作品は、伝統的な中国絵画でもよく見られる、余白をかなり残した状態で描かれることが多いのですね。余白はどんな意味があるのでしょうか。

たしかに中国の絵画、特に古い絵画は余白が残るように描かれることが多い。それはなぜかというと、観るものの入口として余白をつくり、作品に入ってもらい昇華するという意味合いがあるんだ。

 

──日本の水墨画も余白が多く、“余白の美”と呼ぶこともあります。

日本の水墨画も私はそのとおりだと思う。水墨画のルーツ的なところで言うと、中国の絵とつながって日本に根付いてきた。中国の伝統絵画や水墨画には、生命力やエネルギー、作者の精神状態や対象物から感じる生命力を指す“気”と、筆の運びや墨の広がり、全体的な構図のバランスなど、作品全体の流れや勢いを指す“運”という考え方がある。そういった部分も余白から伝わっていると思うよ。

《道 - Dao》 130x90cm 2025年 コットン、レジン、ミクストメディア

──伝統を重んじながらも、独自の制作方法で制作を続けているそのアイデアはどこから湧いてくるのでしょうか。

常に浮き出てくるよ。浮き出てこなかったら、芸術はつくれない。これは芸術に携わっている方だとわかっていただけると思うが、毎日見たもの、感じたもの、そこからどんどん溢れ出てくるアイデアが根底にあるんだ。たとえば私が東京や京都に行ったら、そこで見たもの、経験したこと、感じたことからとどまることなくアイデアは浮き上がってくる。それを描くことで作品になっていくんだ。

今回の新作では、東京で感じた、イメージしたものが作品になっている。それが桜や龍で表現されてるんだ。

Information

デモス・チャンSOLO EXHIBITION
「錦秋五彩ーBRILLIANT HUES OF AUTUMN」

■アーティスト
デモス・チャン(蒋友柏/DEMOS CHIANG)

■キュレーター
ビアトリス・ホイ(BEATRICE HUI)

■会期
2025年10月1日(水)→14日(火)※最終日16時閉場

■会場
大丸東京店 ART GALLERY
東京都千代田区丸の内1-9-1

■入場料
無料

大丸東京店のHPはこちら

ARTIST

デモス・チャン

アーティスト

1976年生まれ台湾出身。アーティスト、デザイナー、デジタルアート・キュレーター、そしてジャンルを越えたクリエイターとして多方面で活躍中。 米国ニューヨーク大学在籍後、2003年にデザイン会社「橙果設計公司」を設立。2005年にはルノーF1チームのロゴを担当するなど、30歳にしてすでに商業デザインの分野で卓越した成果を収めたことで、彼の存在は国際的にもクリエイティブな領域で注目を集めてきた。 過去4年間、東京を皮切りに、中国(北京・上海)、日本(金沢)、インド(プネー)、韓国(ソウル)、シンガポール、等の世界各地で話題となる国際展覧会を開催。2021年には中国・成都で行われたビエンナーレ「超融体」に招かれ、メイン会場のアーティストとして出展したインスタレーション作品が高い評価と称賛を受けるなど、それぞれの国、都市に独自の芸術的軌跡を残してきた。 現代の華人社会において最も影響力のある名門一族の家系に生まれ、幼少期から芸術的な空気と厳格教育が息づく家庭環境で育ち、その中で西洋式教育も受けながら、東洋と西洋の文化が交錯する環境に深く身を置いてきた、この複合的な背景が彼の創作において東洋の精神を受け継ぎつつ、西洋的な実験精神で伝統に挑む表現スタイルの礎となっている。

新着記事 New articles

more

アートを楽しむ視点を増やす。
記事・イベント情報をお届け!

友だち追加