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INTERVIEW

2024.11.22

笑って楽しんでくれる目の前の人のために / イラストレーター・平沼久幸がマンガから得た観察力

Photo / Daisuke Murakami
Text & Edit / Kaori Komatsu

ARToVILLAでは2024年12月12日(木)から23日(月)まで、東京・池尻大橋のOFS GALLERYにて「ARToVILLA MARKET vol.3 ―読んで 創って また読んで」を開催します。今回は「マンガ」をキーワードに、アートとの新しい出会いをお届けします。

私たちにとって身近なカルチャーである「マンガ」。読んで感情を強く揺さぶられることもあれば、新たな気づきを得ることもある。マンガは、私たち一人ひとりの人生に大きな影響を与える存在です。それはアーティストにとっても同じこと。今回のARToVILLA MARKETの出展作家は、全員が創作の背景にマンガの影響がある作家たち。

出展作家のひとりである、イラストレーター・平沼久幸さんは、アパレルをはじめとした多くのクライアントワークと並行して、自身の実体験から生み出したアートワークを発表しています。描くことの原体験や、影響を受けたマンガ作品や、その作風から得た現在の活動についてお話しいただきました。

原体験は、マクドナルドの母の日から

平沼さんのアトリエには、マクドナルド関連のグッズも多い

──平沼さんはアパレルのプレスを経てイラストレーターになられたわけですが、絵はいつ頃から描き始めたのでしょう?

幼い頃からずっと描いてはいましたね。絵に関する原体験はマクドナルドの母の日の企画で母親の絵を描いて金賞を取ったことです。5歳くらいだったと思うんですが、「絶対に僕の絵が一番良い」って思うほど母親の特徴をよく捉えていたんです。そこで何かをしたことで褒められることの嬉しさを知りました。

──プレスのお仕事をしながらイラストも描いていたんですよね。

そうですね。担当業務の枠を超えて、プレス展のダイレクトメールの絵を描かせてもらったりしていたので恵まれていましたね。その頃、あるメジャー誌の編集長に「絶対絵の仕事をした方がいい。そうしたら仕事を渡すから。その代わりに君の絵を認めたのは僕だっていうことをずっと言い続けてね(笑)」と言われたことに背中を押されました。あと、あるメディアでやっていたイラストのブログのリアクションがいきなり減った時期があって。「なんでだろう?」と考えたところ、その頃スタートしたインスタグラムにユーザーがどんどん移行していたんですよね。そこでこれからはひとり1メディアの時代になると感じて、少しでも空き時間があったらイラストレーターやフォトショップを触って絵を描いたり、Tシャツを作ってインスタに上げ始めたりしたら結構良い反応があって。それが今の仕事に繋がるきっかけでした。

視覚的に「かわいい」もしくは「かっこいい」ものであること

――影響を受けた画家やマンガ家は誰なんでしょう?

子供の時はやまと虹一先生の『プラモ狂四郎』がすごく好きでした。あと、ポップアートの巨匠であるアンディ・ウォーホルロイ・リキテンスタインの作品は、日常にあるものを題材にして刺激を与えるという点で惹かれます。僕は作品に社会風刺を込めている部分があるのですが、そこはポップアートの巨匠たちに影響を受けていると思います。

──平沼さんの作品は思わず手に取りたくなるような人懐っこさがありますよね。

嬉しいです。アパレル出身ということもあって、まず視覚的に「かわいい」とか「かっこいい」ものであることを大事にしています。手に取りたくなったり家に飾りたくなったりするものを作りたいんですよね。中学の頃から自分でTシャツを手刷りで作り始めました。『MEN'S NON-NO』にDIY特集みたいな記事が組まれていて、「東急ハンズで版を作って手刷りで作りました」とか「Tシャツを2枚縫い合わせました」みたいことが紹介されていて、版を自分で作れることを知り、すぐに東急ハンズに行って版を作ったんです。クラーク・ケントがトレンチコートを脱いでスーパーマンに変身する瞬間の胸に“S”が見えている絵を描いて、それを版にしてTシャツに刷って、欲しがってくれる友人に売ってましたね。昔から当たり前のことをそのままやるのが嫌で、最近はシルクスクリーンのイベントをやっているんですが、大喜利っぽいことをしています。例えばドクターペッパーのファンイベントに出た時は、ドクターペッパーのロゴをモチーフにした作品とドクターつながりで「ドクター・ストレンジ」に出てるベネディクト・カンバーバッチを書きました。ちょっとクスって笑ってもらえるようなポイントは仕込んでるかもしれないです。

イラストは“観察”が大事

──『AKIRA』にも強い影響を受けているそうですね。

そうですね。中学の時、母親の親友の息子が僕の6~7歳上で、クラブミュージックや『AKIRA』をはじめとする大友克洋作品を教えてくれました。『AKIRA』は全部がツボでしたね。パンクでもあるし、近未来でもあるし、もちろん画力もすごいです。金田のバイクや鉄雄をひたすら模写してました。それまで自分が読んでいたマンガとは違うものに出会ったっていう感覚が強くありましたね。『ジャングルの王者ターちゃん♡』の徳弘正也さんの絵も好きです。とても緻密で、絵の描写がかなり独特ですし、シリアスからいきなりギャグに入るところも面白いですね。あと、意外と言われるんですが、『タンタンの冒険』にすごく影響受けています。エルジェの絵がすごく好きで、エルジェがメインで執筆している雑誌『タンタン・マガジン』を何冊か持っています。少年が犬と冒険に出るという王道のストーリーですが、大喜利や落語に通じるところがあるんです。シンプルだけど簡単には真似できない絵にも惹かれます。アメコミも好きなんですが、エルジェの絵はアメコミでもないし日本のマンガでもないコマ割りで「どの視点から物を見てるんだろう?」って思わせるところにもすごく影響を受けています。

「『AKIRA』の新刊本が当時入手困難だったのですが、どうしても古本は納得がいかず探し回って揃えたんです」と平沼さん

上から『AKIRA』(講談社刊)、『機動警察パトレイバー 設定資料全集』(小学館刊)、ベルギーの週刊誌『journal Tintin(タンタン・マガジン)』(1960~70年代頃に刊行されていたもの)

──エルジェの描き方は、平沼さんのイラストにも通ずるところがありますね。

陰影が薄くてすごく計算されている線画にも影響を受けていますね。精密だけど精密じゃなく見える抜き差しの上手さをすごく感じます。『機動警察パトレイバー』にも影響を受けてますね。「設定資料集」ものが大好きで、それに乗ってるメカのイラストを模写してインスタにたくさん上げていました。イラストのお仕事は自分のテイストを出すことも大事ですが、いかに相手の要望に答えられるかっていうことがすごく大事だと思うんです。だから“観察”だと思っています。いかに要領よく観察して、何を求められてるかということと何を捉えるかっていうにフォーカスする。パトレイバーの設定資料集に載ってるメカはそのままをそっくり描くよりも、「ここはいらないな」とか「ここはいるな」っていう風に取捨選択して描くことが大事だと思っています。あと、頭の中で距離感や遠近の構造を設計図を描くみたいに想像しながら描いていくと自分らしく仕上がるんですよね。

フェイストゥフェイスで喜ばれるようなことをやりたい

──「ARToVILLA MARKET vol.3」での展示はどういうものにしようと思っていますか?

僕の初めての個展はキュレーターの長井智志さんが勤めていた原宿のCLASSというギャラリーで「平沼久幸のめまい」というタイトルで行いました。なぜ“めまい”かというと、昔ひどい食あたりにあったことがあって。夜、自分が倒れる音で目が覚めたんですが、ブラックアウトする時の目に入ったものがどんどん歪んでいく体験をモチーフにして、いつも見ているものが歪んでずれるっていうことをイメージした作品を展示したからです。そのあと、めまい展は何度かやったんですが、ある方から「平沼くんのめまい展と同じようなことをやってる人がいる」と言われて、別に特許があるわけではないので悪いことではないんですが、個人的に嫌な気持ちになったんですよね。そこからクライアントからのTシャツのデザイン以外は“めまい”の作品はやってなくて。あと、自分の作品が自分が売った4倍とかの値段で高額転売されていて、「そういうことのためにやってないんだよな」と思い今年は一度も個展をやってなかったんです。でも今回長井さんにお話をいただいて、「久々に“めまい”作品を作ろうか」と思っています。

「ARToVILLA MARKET vol.3」展のためのシミュレーション

──会期中、会場でライブシルクスクリーンもやられるんですよね。

はい。高額転売されていたことがショックで、もっとお客さんとフェイストゥフェイスで喜ばれるようなことをやりたくなってライブシルクスクリーンをやるようになりました。お客さんによっては「ここにこういう絵柄を入れたい」とか「この色にしたい」という具体的にリクエストする方もいれば、一緒に版を押さえる方もいます。2024年は作品はあまり作らずに定期的にライブシルクスクリーンをやってきた年ですね。そうすることで目の前にいる人の笑顔を大切にすることや、会話の中で想いを汲み取ることを特に大事にしてきました。

シルクスクリーン用の機器も自作

──ライブシルクスクリーンにはどんな楽しさや難しさがありますか?

ライブだとどうしてもできないことが増えていきます。資材はお客さんの持ち込みなのでやり直しが効かないというプレッシャーもあります。このシルクスクリーンが失敗なのかどうかっていうことは僕とお客さんのジャッジで決まります。僕が「しまった」と思ってもお客さんにとっては正解かもしれませんし、逆のケースもあります。トライすることにおける偶発性をすごく楽しんでいますね。 

──クライアントがいるお仕事とご自身の作品とではアプローチが違ってくるとは思いますが、一貫して意識していることはありますか?

「誰かに喜んでもらいたい」ということですね。誰かが笑ってくれたり、例えばCDジャケットだったらファンの人が喜んでくれるものであるっていうことは必ず念頭に置いています。

INTERVIEW

同じく「ARToVILLA MARKET vol.3」に参加する陶作家・酒井智也さんのインタビューはこちら!

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  • #展覧会 #酒井智也

Information

ARToVILLA MARKET vol.3 ―読んで 創って また読んで

■会期
12月12日(木) ~12月23日(月)
営業時間:12:00~20:00(最終日は18:00まで)
休廊日:火曜日、水曜日

■場所 
OFS GALLERY(OFS.TOKYO内)
東京都世田谷区池尻3丁目7番3号

■出展作家
篠崎理一郎酒井智也、平沼久幸、星山耕太郎

展覧会詳細はこちら
OFS GALLERYのHPはこちら

ARTIST

平沼久幸

イラストレーター

映画やポップカルチャーから影響を受けたシニカルな表現を得意とし、Mountain Researchをはじめとするファッションブランドや格闘家・宇野薫率いる100A、武藤敬司、大丸松坂屋百貨店、伊勢丹、LOFT、UNIQLO、SONY MUSIC、ファッション誌やウェブマガジンなどクライアント・活動は多岐にわたる。描き下ろしイラストを使用したシルクスクリーンワークショップをスタート、日本各地で神出鬼没に展開中。 またイラストレーションと並行し、自身の体験から生み出された“めまい”作品を個展などで発表している。

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