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INTERVIEW
2025.07.30
絵を描き続けたい━━アーティスト・奥田雄太がアートで生活していくために考えたこと
Edit & Text / Eisuke Onda
大胆で鮮やかなペイントとそれをなぞる繊細な線。偶然と計算、あるいは非効率と効率が往復するような絵画を手がけるのはアーティストの奥田雄太さん。
ファッションデザイナーとして活動した後、現代アートの世界に飛び込んだエピソードなど、今の作品群を制作するまでの彼の人生にはドラマあり。
今回は連載「作家のアイデンティティ」Vol.35の取材で奥田さんに伺った話から、掲載しきれなかったインタビューをお届けする。
奥田雄太
日本とイギリスにてファッションデザインを学んだ後、ファッションブランドでデザイナーとして活動。2016年にアーティストに転向した奥田雄太は国内での個展やグループ展に精力的に参加し、制作と発表を続けキャリアを築き上げている。 計算した線のみで構成された細密画で表現していたが、ここ数年「偶然性」に重きを置いた”花”の作品を中心に発表を続けている。 さまざまな色味で表現される花はポップなイメージが強いが、花びら一つ一つに緻密な線描が施されている。
《Colourful Black》
《Brain Palette》
自分にとっての1番に気がつくまで

──奥田さんは、ファッションデザイナーから一転、アーティストになり現在に至るわけですが、これまでのキャリアを教えてください。
僕、語り出すと長くなるんですが、大丈夫ですか?(笑)。
──もちろんです。
物心ついた頃から細密画を描くのが好きだったんです。小学生時代は木の皮やカブトムシの裏面、トンボの羽とかのディティールを描いていた子どもでした。ただ、絵描きになるっていうことは、たとえば“宇宙飛行士になる”“勇者になる”ぐらい夢のまた夢だと感じていました。僕の地元は愛知県の犬山という場所なんですけど、絵で生計立てている人なんて誰もいない。今みたいにSNSもない時代、あまりにもイメージが湧きませんでした。
高校生になって将来の職業を考えて、当時はファッションも好きだったのでファッションデザイナーを目指して専門学校へ行くことを決めました。進学したら、絵も描けるし、手先も器用だし、学科で躓くことはないし、ファッションにものめり込んでいきました。それで、どんどん天狗になっていくわけで(笑)。僕はもっとやれる、海外で試してみたい。卒業後はマランゴーニというイギリスの専門学校に進学します。ただ、そこで伸びた鼻はへし折られるわけですよ。


入学式でまず先生から言われたのが、「ここにいる何十人は、一人のための肥やしです」。要はみんなが頂点の一人になれるよう頑張りましょう、と。続いて面談で、「コネクションもない、家がリッチでもない、英語もあまり喋れない。雄太はマイナスからスタートね」って言われるわけです。ああ、日本でちょっとファッションを勉強してきた実績は、ここではゼロなんだと思いました。
日本にいたときは、心のどこかに周りよりも優れていたから楽しいってところがありました。でも、イギリスでは自分よりも若くて、才能や環境にも恵まれている奴が寝る間も惜しんで制作をしているわけですよ。それからは、”僕がファッションをやる意味ってある?”という自問自答と制作の日々です。でも、悩み続けていった先に、自分が1番だからやりたいんじゃない、好きだからやりたいんだ!という答えにたどり着きました。
在学中、22歳でブランドを立ち上げましたが、全然うまくいかないという経験を経て、1回は就職しようと思って「TAKEO KIKUCHI」にデザイナーとして入社しました。会社では良い出会いもたくさんあって。後の奥さんになる彼女も同僚だったし、僕の絵を評価してくれる先輩がいたり楽しかったです。ただ仕事になれてくると、自分を表現するためにファッションに興味を持ったはずなのに、その実感が薄れていると感じるようになりました。
そのタイミングでふと、自分の中でずっと2番だった絵を描くことに人生で1番多くの時間を費やしていることに気がついたんです。僕が1番好きなことはファッションだったり、アニメ、勉強、スポーツ、女の子とかコロコロ変わるんですけど、2番目は常に絵を描くことだった。会社員になってからも、週5日働いて土日に細密画を描くことが僕にとっての贅沢な時間だったんです。

そんなとき、紹介を受けたアーティストの展示を見にいきました。そこで彼のファンが絵を購入する場面にたまたま立ち会ったんです。ブワッて鳥肌が立ちましたね。“うらやましい!!!!”って。当時、自分がデザインした服をタレントがテレビで着てくれたり、電車で見かけたりすることもありましたが、それよりも目の前で5万円の絵が売れていく瞬間の方が圧倒的にうらやましかったんです。
奥さんに打ち明けたら「私が1年くらいは食べさせてあげるから、中途半端な選択はしないで」と言ってくれました。やるなら本気でやって、と。翌日会社にも辞表を出して、1年くらい引き継ぎをして辞めました。だから、なぜ今のキャリアがあるかというと、キッカケは嫉妬(笑)。1番に気づくまでの長い道のりでした。

28歳から始めた“本気の”アーティスト活動

──アーティストになると決意してから、どのように活動していくのでしょうか?
海外でファッションを学んでも、企業でデザインしていても、本気になれなかったのがキツかったんです。熱くなりたいけど、熱くなれない。でもアートだったら、そのときの嫉妬や今まで溜めてきた燃料があったので、“やる”と決めたら燃えたぎっている状態です。
それに、これまで留学させてくれたり、わがままを聞いてくれたりした僕の両親からも「1年で前職と同じくらい稼げるようにならなければ認めない」と言われました。だから、もう何がなんでも本気でやらないといけない。
はじめは会社を辞めるまでの引き継ぎ期間で展示場所を探して、作品を制作して仕事を辞めると同時に展示スタート。そこから1年間で30回展示をしていきました。お金がないので、展示をやったことがないカフェや画材屋にも飛び込んで「壁やディスプレイを使わせてください」と営業。街を歩いて気になった場所があれば交渉して、一人でも多くの人に絵を見てもらう機会を作っていきました。

展示を続ける中で気づきがあって。この道に行くと決めた瞬間、ファッションを捨てる感覚があったんですけど、それは間違っていたなと。今まで築き上げてきた28年の先にプラス1年をどう積み上げるかが重要。そう考えたとき、服とかグッズを作るのはプロなわけで。原画を買ってもらうだけが「絵で稼ぐ」ことではないと考え方を変えたんです。
普段アートを買ったことない人は、たとえば10万円のコートは買えるけど5万円の絵には躊躇するわけです。なぜかというと、買ってもどうしていいのかわからないから。だからその1枚を家に迎えるためのハードルがあるわけです。そういう人たちに絵の魅力を知ってもらうためにも、毎年A2サイズのカレンダーを作って送りました。部屋に飾ることで、絵があるのっていいなって気づいてもらえるかもしれない。また、そこに載せる絵はなるべく購入いただけるものにして、カレンダーの年間スケジュールに個展の日程も入れたりもしました(笑)。

──絵を買うことがゴールだとしたら、その動機作りをやっていたと。
はい。絵を買ってもらうため1歩を踏み出せない人に、じゃあ0.1歩はどう踏んでもらえるか。それを探しては行動していました。10回やれば1歩になりますから。でも僕がやっていたことは、普通の会社では当たり前にしていることなんですよね。
当時はまだ言語化できていなかったですが、「アート制作とアート活動は1対1」という僕の持論があります。アート活動というのは、いかにアートを社会に届けるか、ということです。別に絵を売る活動だけではなくて、自分の絵で社会にどんな影響を与えたいのか。絵を売りたい、人に認められたい、美術館に所蔵されたい。アーティストそれぞれが絵で社会とどう関わっていくのか、そういう欲求に対しての活動です。
制作と活動はどちらも100%じゃないといけない。アーティストは誰でもなれるわけではないから、普通の努力で足りるわけないんですよ。だってみんないい絵を描いているわけですから。誰が1番上手いかなんてナンセンスで、その中で差が出るのは絵じゃない場所に出てくる。それがアート活動。絵が売れていないときは、絵が悪いんじゃない。動き方が悪いわけで、自分の絵を評価してくれる人に出会えていないだけ。だから、絵を疑うのは1番最後なんです。
──その哲学をベースに活動を続けたことで、国内外で活躍する奥田さんの現在があるわけですね。
今年で9年を迎えますが、今も1年目に焚き付けた熱量で動いています。これまでに348回展示をしてきましたし、地道に業界に根を張り続けています(笑)。

人生の設定資料集を厚くさせるために


yutaokuda studioの壁には奥田さんのアシスタントや知人の作品が展示されている。一部は購入することも可能
──今回の取材は奥田さんの制作拠点「yutaokuda studio」に来ていますが、ペイント専門の制作部屋、絵の具を乾かす乾燥部屋、アシスタントが細密画のペン入れ作業したり、スタッフが打ち合わせするための共有スペース、カフェキッチン、ギャラリー、それから仮眠室まで……かなり充実した環境に思えます。このような環境づくりもまた、「アート活動」の延長なのでしょうか?
もちろんです。ここはもともと銭湯、サウナだった場所をリノベーションしました。最初は僕の制作環境の1室だけだったのを、徐々にさまざまな機能を増やしながらスペースを拡大していっています。環境はモチベーションを高めるためにも大切だと思うので、自分が1番アガる環境を作っています。
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ギャラリー

階段にはサウナ時代の名残が

カフェキッチンも完備
僕らがやっていることって本来非効率なことなんですよ。例えば、細密画の線が一つはみ出していても普通の人は気にならないでしょ。言われなきゃわからないことが気になって、1時間かけて修正したりする。すごく非効率だけど、それでもやりたいのはエゴなんですよ。作品が非効率であるためにも、それ以外のことは効率的に動きたいなと。環境や制作効率は作品にも影響をすると思っています。

《with gratitude》。奥田さんがペイントした花の輪郭をアシスタントがペン入れすることで完成する
──スタジオに来たとき、アシスタントやスタッフの方々の活気を感じました。建物内にアシスタントの発表の場を設けていることもそうですが、奥田さんの「アート活動」はご自身を中心に、周囲の人も巻き込みながら全体としての幸福を追求するような印象を受けます。
幸せになるために何が必要かと言ったら、僕は絵を描き続けたい。好きなことで稼ぐというのは自然なことじゃないですか。でもそれだけが幸せじゃない。僕の幸せは何かと聞かれたら、家族はもちろん、関わっている友人とかアシスタント、慕ってくれている人たちみんなが幸せであることなんです。

制作部屋で絵画の下地を制作するアシスタント
僕、実はベースはオタクなので、アニメにハマると設定資料集を読み漁ったり、その制作会社やアニメーターの違うシリーズなど見たり、どっぷりハマりたいタイプなんです。だから、自分の人生がアニメだとしたらハマれるだけのたくさんの要素が欲しいんです。自分一人しか登場しない人生って、薄っぺらいんじゃないかな。出会った人と関わって、人生の設定資料集を充実させていく方が、絶対幸せだなと思っていて。そのためにも常々アシスタントには、「絶対に幸せになってもらうよ!」と言っています。
──最後に今後の目標があれば教えてください。
このスタジオのちょっと離れたところにいつか大きな倉庫を買おうと考えていて。ここじゃ作れる絵のサイズに限界があるので大作も作れる環境を整えたいです。自分が使わないときはアシスタントに使ってもらうなど、シェアできる場所になればいいなって考えています。

Information
Yuta Okuda Solo Exhibition「Blooming with Gratitude」
■会期
2025年8月23日(土)~ 9月7日(日) 11:00~21:00
※入場は閉場の30分前まで
※営業日時は変更となる場合がございます
■会場
PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)
東京都渋谷区宇田川町15-1
■入場料
無料
詳しくはこちら
ARTIST

奥田雄太
アーティスト
日本とイギリスにてファッションデザインを学んだのち、ファッションブランドでデザイナーとして活動。2016年にアーティストに転向した奥田雄太は国内での個展やグループ展に精力的に参加し、制作と発表を続けキャリアを築き上げている。 計算した線のみで構成された細密画で表現していたが、ここ数年「偶然性」に重きを置いた”花”の作品を中心に発表を続けている。 さまざまな色味で表現される花はポップなイメージが強いが、花びら一つ一つに緻密な線描が施されている。彼自身、花に見えなくてもいいと語るそれは確かに具象としての花ではない。 作家が「自己をサルベージ(救出・救助)する」中でたどり着いた、幼少期の記憶がもととなっていると語る。 コロナ禍をきっかけに、当たり前と感じていたことが実は特別な出来事だったと気づき、「感謝を作品にしたい」という思いから「with gratitude」をテーマに作品を制作している。
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