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- 「花やアートを暮らしに取り入れていくと、『感じが違う』自分に変わっていく」フローリスト・越智康貴 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.26
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2024.08.14
「花やアートを暮らしに取り入れていくと、『感じが違う』自分に変わっていく」フローリスト・越智康貴 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.26
Text / Yukimi Negishi
Photo / Daisuke Murakami
Edit / Quishin
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回お話を伺うのは、表参道ヒルズの「DILIGENCE PARLOUR(ディリジェンスパーラー)」をはじめ3店舗のフラワーショップを経営しているフローリストの越智康貴さん。越智さんのご自宅で一際存在感を放っていたのは、壁一面に飾られた平面作品の数々。はじめて手にしたアートも平面作品だと言います。
花とアートの共通点を聞いていくと、それぞれ、自分になかった感覚をもたらしてくれるものであり、それが「何か感じが違う」「おしゃれ」な人になれるきっかけをくれることがわかりました。
クリス智子 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.25はこちら!
# はじめて手にしたアート
「時間を経てから飾ってみると、当時の自分と今の自分の感性の変化を知ることができます」
はじめて手にしたアートは、ニューヨークで活動されているエリン・ディー・ガルシアさんのペイントです。2017年に原宿の「Vacant(現在はクローズ)」で開催されていた個展に、知人に誘われ、足を運んだ際に購入しました。
実は、飾り始めたのは半年前から。それまではずっと飾らずに箱にしまったままだったんです。元々、家や物に興味がなくて、極端に物が少ない家に住んでいたのですが、30代に入って猫を飼い始めてから、暮らしにフォーカスするようになりました。
1年ほど前に、友人のギャラリーを訪れた際、岩本ゆりさんのガラス工芸品を購入したことをきっかけに、一緒に飾ったら光の加減や存在感が合いそうだと感じたので、隣に飾るようになりました。
当時はアートを買うという意識はなく、なんとなく可愛いものとして購入しました。曖昧な理由で買ったので、ずっと飾らないままでしたが、時間を経てから飾ってみて、当時の自分と今の自分の変化に気づきました。
購入した当時は、一筆書きで、人が描いたものということがダイレクトに伝わってくる部分に魅力を感じていたんだと思います。今の自分の好みにつながっている部分を感じつつ、僕自身は成長していく中で今はもう少し心理的なものを表現している作品に興味が出てきている。そんな変化をこの作品を通じて実感するんです。
越智さんがアートに興味を持ったきっかけ「高橋コレクション」の展覧会が開催中!
# アートに興味をもったきっかけ
「10代の頃から観に行くようになった現代美術を通して、物事の仕組みを考えることのおもしろさに気づいたのかも」
父親が絵を描くことが好きで、兄もデザイン系の高校に通っていたので、子どもの頃から、誰かが描いた絵を身近に感じる日々を過ごしていました。
僕も高校生の頃に美術部に所属して絵を描いてみたのですが、自分には合わず、どちらかというと絵を観に行くことの方が好きでした。
10代の終わりに観に行った「ネオテニー・ジャパン—高橋コレクション」という展覧会をきっかけに、現代美術に引き込まれて、さらにいろんな展示を観に行くようになりました。
考えそのものを理解できなくても、多面的な考え方があることに共感できるところが好きです。クリエイティブにものをつくることよりも、そのルールって必要?と疑ったり、根本的な部分に思いを馳せたりすることのほうが好きなんだ、と気づくことができたのは、現代美術のおかげかもしれません。
自分が経営している花屋「DILIGENCE PARLOUR」でも、花が人の手に届くまでの仕組みそのものを考えることが好き。たとえば、LINEギフトで花を贈ることができたらおもしろいだろうな、とか。
花屋さんの多くは、花の組み合わせや見せ方を考えていることが多いけど、僕はそういったことにはあまり興味がなくて、人の行動を変えるための根本的な仕組みを考えることに興味があるんです。
写真提供:越智康貴
# 思い入れの強いアート
「作家さんの生き方そのものが反映されている作品に、心動かされます」
僕が好きな作品の多くは、作家さんの生き方と作品がマッチしているもの。写真家・アレック・ソスの作品が特にお気に入りです。
アレック・ソスの作品は2点あり、ひとつは知人が贈ってくれたもの。もうひとつはコロナ禍に開催されたマグナム・フォトのプリントセールで、病院を支援するチャリティで購入したものです。
写真家・アレック・ソスの作品
山田優アントニさんの水彩画と油彩画もお気に入り。山田優アントニさんの絵はSNSでずっと作品を見ていて、いつか欲しいなと思っていて。合同展に行った際に、ほとんど売れてしまっていた中で、自分が欲しいと思っていた水彩画が残っていたので、購入しました。
山田優アントニさんの水彩画
その後、すぐに油彩の展示があると知って向かった展示会ではこちらの作品に惹かれ、購入しました。
山田優アントニさんの油彩画
彫刻家・安永正臣さんの作品もお気に入りのひとつです。
ロサンゼルスを拠点とするアートギャラリーNonaka-Hill(ノナカヒル)に在籍する彫刻家で、表参道に新しくできた「ギャラリー85.4」で「MASAOMI YASUNAGA : EMPTY VESSEL」という個展も開催されていました。
安永正臣さんの作品
全て釉薬だけでつくるという変わった手法でつくられているそうで、すごくおもしろいですよね。
「千駄ヶ谷にある『ギャラリー38』でよく展示をされているステファニー・クエールの作品です」と越智さん
六本木のギャラリーコンプレックスの中で展示をやられていた掛井五郎さんの作品
# アートの飾り方
「アートを綺麗に飾らなきゃという縛りを捨てて、自分に合った飾り方をすればいいと思っています」
自分に合っているもの、好きなものなら、飾り方にこだわらずにぽんっと気軽に置いていいと思っているので、僕は床置きやリビングの備え付けのバーに絵を掛けて飾っています。
雑然とした生活に合わせて、もっと適当に、ないよりはあった方がいいなくらいの感覚で置いていることが多いですね。
僕の場合は、キマりすぎている状態がすごく恥ずかしくなってしまうので、適当に飾るくらいが自分の性格に合っているんです。アートを綺麗に飾らなきゃという思い込みを捨てて、部屋の中が賑やかなほうが楽しくない?くらいの軽い気持ちで、自分に合った飾り方をすればいいと思っています。
部屋に食卓に花や絵があるのとないのとでは、まったく違う印象の空間が生まれてきます。ちょっとの違いなんですけど、日常の中にその「ちょっと」がほしいじゃないですか。
「アートを飾る」と言うと、いわゆる絵画を思い浮かべる方もいると思いますが、もっとポストカードや雑誌の切り抜きのような気軽なものでも飾ったら何かちょっと暮らしが変わると思っています。ポストカード、よく買うけど手紙も書かないからそのまま、という方は多いんじゃないかなと。
# アートのもたらす価値
「花やアートは、『何か感じが違う』自分になれるきっかけをくれるもの」
写真提供:越智康貴
ポストカードなども含めたら、アートも花も、僕にとっては気軽なインテリアのようなもの。そしてそれらは、今までと違う感覚を取り入れるきっかけをくれるものです。
たとえば、黄色の花の贈り物をきっかけに、今まで自分に似合う色ばかり身につけていた人が、「なんか黄色っていいかも」と感じて黄色のアクセサリーを身につけるようになったとしたら、それだけでちょっと雰囲気が変わると思うんです。
僕は感性や審美眼ってそうやって育まれていくものだと思います。おしゃれな人になりたいと思って、世間でおしゃれと言われているアイテムの情報だけを追いかけ、ただ身に纏うだけでは、おしゃれな人になれたとは言えなくて。もっと自分がいいなと感じるものを身に纏うことが大切なんじゃないかなと。
自分の内側から出た「なんかいいな」という体験的なモノの選び方や人への洞察力を積み重ねると、感じが違うものが滲み出て、「この人なんか今までと感じが違うな」「雰囲気が変わったな」と思ってもらえるようになる。感じが違うを積み重ねていくと、感じが違う人になれるんです。
花や絵はそのきっかけをくれるものだと思っています。
# アートと近づくために
「好きだから飾る、という気持ちを入り口にすることがアートがもたらす変化を体験していくきっかけになる」
アートを暮らしに取り入れたいと思ったとき、まずは額を用意することから始められるといいんじゃないかなと思います。
そう考える理由は、可愛い花瓶があると花を飾りたくなる人が多いから。花瓶を売る行為は、暮らしに花が増えていくきっかけになる文化的な行為だと僕は思っています。
越智さんの自宅では、花器もアートのひとつとして飾られている
それから、絵は花ほど手が出しやすい値段ではないけれど、花はコーヒー1杯分の値段で1週間、絵は購入してから手放すまで楽しみが持続するもの。そういうふうに日割り計算してみたら、値段に対しての捉え方が変わるかもしれないですよね。
アートや花は、季節や気分に合わせて組み合わせ方や配色など、自由に変えられるのもいいところ。自分に合う飾り方を試していくうちに、楽しみ方の選択肢が増え、どんどん深みにハマっていくというおもしろさを持っています。
自分の文化的背景にないものを取り入れようとするとき、すごく遠くに感じちゃって敷居が高くなってしまいがちだと思いますが、「なんか好きだから飾ってみよう」くらいの気持ちでいい。そこから、花や絵がその人の暮らしやその人自身にもたらすちょっとした変化を体験できるんじゃないかと思います。
DOORS
越智康貴
フローリスト
株式会社ヨーロッパ代表取締役。2011年に表参道ヒルズ、2021年に東京ミッドタウンISETAN SALONEにDILIGENCE PARLOUR、2024年に原宿にomnibus DILIGENCE PARLOURの3店舗のフラワーショップをオープンし、経営する。イベントや広告の装花に加え、写真、執筆など、幅広い分野での活躍を広げている。
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