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ESSAY

2022.01.25

窓辺の景色を鮮やかに塗りかえた、ある日の鑑賞体験 / 三宅唱(映画監督)

Text / Sho Miyake
Edit / Emi Fukushima

特集「部屋から、遠くへ」では、アートを愛する方々が“遠く”を感じる作品についてのエッセイを綴ります。映画監督の三宅唱さんが紹介するのは、2021年に山口情報芸術センター[YCAM]で発表された、雪舟庭の名で知られる常栄寺庭園をメディア・テクノロジーを用いて空間内に再現したインスタレーション作品。実際に庭園を訪れて特別な時間を過ごしたこと、そして、展示を通じてまた異なる自然の美しさを体感したことを経て、自分の部屋から眺めるいつもの風景にも新鮮な感覚を抱くようになりました。

撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

原瑠璃彦+YCAM共同研究成果展「Incomplete Niwa Archives—終らない庭のアーカイヴ」

本展は、YCAMが日本庭園研究者の原瑠璃彦とともに2019年度に立ち上げた、文化資源としての日本庭園の新しいアーカイヴの仕方を研究開発するプロジェクトの一環。3Dスキャンなどの映像技術や立体音響、バイオ・テクノロジーなどを駆使して日本庭園を空間的に再現し、鑑賞者は、座具に寝そべったり、映像やサウンドに身を委ねたりしながら、庭をぼんやりと眺めているかのような鑑賞体験ができるインスタレーションだ。

身を委ねたのは、絶えず変化する庭の世界。

その日はとても静かな雨だった。外を歩き巡ることが叶わず、縁側に座って庭を眺めた。周囲に他の来場者はほぼおらず、虫の鳴き声も木のざわめきも聞こえなかったが、目には見えない何かが庭から流れこんできているのか、部屋と外との境界線がゆっくりと曖昧になった。体は縁側にあるが、意識は庭の隅々やその向こうに見える山へと連れていかれ、次第に時間の感覚を忘れた。

そんなことも忘れかけていたある日、「Incomplete Niwa Archives—終らない庭のアーカイヴ」をみた。あの日、雨の向こうに眺めた常栄寺庭園(通称:雪舟庭)*を記録したメディアアートである。そこには、ともすると静止した美に思えなくもない庭の世界が実は「終わらない=刻一刻と変化し続けている=生きている」ことが記録されていた。呆れるほど繊細な記録で、思わず笑う。

夏の早朝、石にとまる一匹のちいさな虫。揺れる葉の影。生々しく、艶かしい。僕の住む部屋には庭こそないし、見飽きていたはずなのに、窓辺に座る時間が新鮮になった。

*常栄寺庭園(通称:雪舟庭):山口市宮野に位置する日本庭園。室町時代、大内政弘が建てた別邸の庭で、画僧雪舟に築庭させたものと伝えられている。約30アール(約 900坪)の広さで東西北の三方が山林、南が開けた土地の中央に池泉を穿うがつ池泉廻遊式庭園(ちせんかいゆう)で、大正15年に国の史跡・名勝に指定された。

DOORS

三宅唱

映画監督

1984年北海道生まれ。主な監督作に佐藤泰志の小説を原作とする『きみの鳥はうたえる』(2018)や音楽ドキュメンタリー『THE COCKPIT』(2015)などがある。最新作として、ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門正式出品作『ケイコ 目を澄ませて』(出演:岸井ゆきの、三浦友和ほか)が2022年全国劇場公開予定。

volume 01

部屋から、遠くへ

コロナ禍で引きこもらざるを得なかったこの2年間。半径5mの暮らしを慈しむ大切さも知ることができたけど、ようやく少しずつモードが変わってきた今だからこそ、顔を上げてまた広い外の世界に目を向けてみることも思い出してみよう。
ARToVILLA創刊号となる最初のテーマは「部屋から、遠くへ」。ここではないどこかへと、時空を超えて思考を連れて行ってくれる――アートにはそういう力もあると信じています。
2022年、ARToVILLAに触れてくださる皆さんが遠くへ飛躍する一年になることを願って。

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