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INTERVIEW

2022.03.04

伝統工芸×「宇宙兄弟」コロナ禍でひらけた新たな創造の道 / 「部屋から、遠くへ」裕人礫翔インタビュー

Interview&Text / Tetsutoku Morita
Edit / Maru Arai

部屋から出られず、大切な人と会えず、悲しいことが起きていても、かたわらにお気に入りのアートがあれば、心は少し自由になれる。アートはさながら闇を照らす月のような存在と言えるかもしれません。今回お話を伺う箔工芸作家の裕人礫翔(ひろとらくしょう)さんも、そんな月に魅了されたアーティスト。現在、人気漫画「宇宙兄弟」とのコラボレーションと、ニホンオオカミの立体像、そこに自身のライフワークである月をモチーフにした作品を加え「-月を見る 月から見る-」というインスタレーション作品を展開中です。

視点を変えたいと考えていた時、「宇宙兄弟」のお話をいただいた。

ーー“箔工芸”とはどういった技術なのですか?

金・銀・プラチナといった金属を叩いて薄く引き延ばしたものを「箔」といいます。98%が金沢で製作されていて、そこから日本各地にある金箔工芸の産地へ送られ、京都なら西陣織や着物、工芸の世界では、漆のお茶碗や仏像などの装飾に使われています。私は京都・西陣で箔工芸を営む家に生まれまして、家業を継ぎ、金や銀、プラチナを和紙に貼り、それを細かく裁断した和紙糸を絹と合わせ帯に用いる織物を作っていました。

ーー「宇宙兄弟」とのコラボレーションは、見る角度や光によって箔の印象がまったく異なり、宇宙の広がりやキャラクターの内面も感じさせる深度を持つ表現だと思いました。この印象的な作品が生まれた経緯を教えてください。

私は40歳で作家の道に進み、以来ずっと月をテーマに作品を作ってきました。今年60歳になりまして、ここら辺でもう一回、視点を変えて広がりのあることができないかなと考えていた時、漫画『宇宙兄弟』の作者である小山宙哉さんと共通の友人を介してコラボレーションのお話をいただきました。「宇宙兄弟」は以前から月への憧れや兄弟愛、家族の絆が描かれていて大好きでした。同じ月をテーマにしていることや、「宇宙兄弟」とコラボレーションすることでこれまでの月の作品から、主体・視点・対象を変えることで月をテーマにしながらもまったく別の作品世界を広げることができるといった部分で通じるものがあり、取り組ませていただきました。

ーーキービジュアルとして公開されている「月に立つ」は、主人公の一人「ヒビト」が月面に新たな一歩を踏み出すシーンですが、裕人さんにとっても今回のコラボレーションは大きな一歩だったのでしょうか?

大きいですね。今までは月だけを見ていたんですが、宇宙兄弟を通して、内面を変えるキッカケを与えていただいたという気がします。夜空に浮かぶお月さんは陰影があって神秘的ですが、宇宙兄弟で描かれた“月から見る地球”は、軽やかに鮮やかで色っぽく感じ、その影響で、作品も今までと比べてポップに仕上がったと思います。

国宝の復元を担当する精鋭チームが加わり「箔」の面白さを出すことに挑戦。

ーー制作はどのようにされていますか?

今回作らせていただいた作品ですが、いろいろ試していきながら、どの方向性がいいかを探りつつ、さまざまな表現方法を試しました。制作工程は、キャンパス生地に金箔、銀箔を乗せの下地を作って、その上に宇宙兄弟のシーンを再現していくという方法です。私は文化財の復元の仕事もやっていまして、そこでは修復ではなく一から新たに400年経過したようにみえる同じ作品を作るんです。当時のものをどう再現していくかに主眼が置かれるんですね。

ーー裕人さんは、国宝「風神雷神図屏風」の複元を作製し、京都の建仁寺へ奉納されるなど箔工芸士として文化財保存にも尽力されています。

文化財の復元プロジェクトでは金箔を担当していて、今回はそのチームに、宇宙兄弟作品制作の協力をお願いしました。今回は「箔」の面白さをいかに出していくかということに挑戦しました。

ーー国宝を担当する精鋭チームが制作に携わっていたんですね。作品は、金属質ながら暖かく、抽象的だったり、サイケデリックだったり、西陣の帯を思わせる華やかな雰囲気だったり……、多様でありながら統一感を感じました。

金箔、銀箔の表現にはさまざまな種類があります。銀箔を染めたり、銀を窯変させて色を変えたり。そういった材料を幾十にも重ね、表現したい形に持っていくのが面白いところでした。たとえば、宇宙兄弟のもう一人の主人公、ムッタが月に着陸したシーンの場合、小山さんの絵を形取ったものをレイアウトし、その上から箔を重ねていきました。絵の後ろにも背景に金箔を乗せてるんですが、今回は、5層から6層重ねています。一枚の絵に対して、下地に金銀箔をのせ、再び金銀箔を重ねていく。箔の5度貼り、6度貼りになっているので、今までとはまったく違う見え方になっているんです。

ーー復元では使わない技術なんですか?

はい。文化財の復元の場合は一色の金箔をどう光らせるか、マットにするかというようなもので、今回のように箔を何層にも重ねることはありません。これは、私にとっても新しいステージの表現方法になるので、宇宙に行ったときのムッタの心境だとか、その時のストーリーの流れだったり、臨場感をどう箔で表現するか、試行錯誤の連続でした。正解はないんです。シーンのイメージに寄せるべきなのか、箔の表現方法を全面的に打ち出すべきなのか。背景も宇宙観を出すのにシックな銀箔にしたり、錆びた色を持って来たり。バックとの対比でキャラクターをポップに見せるというやり方ですが、そういった組み合わせも何百通りとあって、迷った部分がありました。最初はシックにかっこよく宇宙観を出した方がいいんじゃないかなと思っていたんですが、やっぱり観る人、飾る人のことを考えた時、今の状況で、明るく、元気で、希望が持てるような絵作りの方がワクワクしてくるなと思い、作っていくうちに現在のポップな方向性へと変化していきました。

宇宙兄弟とのコラボがもたらした、新たな創造のステージ

ーー新しい挑戦といえば、立体物も初めての試みですね

「月光礼讃」をテーマにしたお月様のお皿や、屋久杉のテーブルを発表したことはあるんですが、リアルな造形物を作って表現するというのは今回が初めてになります。きっかけは、今まで地球から月を見ていたものが、宇宙兄弟とのコラボレーションで“月から地球を見る”という、視点を変えたアートが作れるようになったことでした。そこから派生して、立体も作ってみようという話になったんです。月といえばみなさんウサギを想像されると思いますが、私の中では、月といえばオオカミ。オオカミは「大神」と書いて守り神でもあるんですが、宇宙兄弟の“月から見た地球”に対して、自分たちを見守ってくれるオオカミが“地球から月”を見ている。そんなイメージをベースに制作を始めました。オオカミの造形は、映画で特殊メイクをやっている部隊にお願いして、理想の造形になったと思います。それを何体も制作し、それぞれに太陽系の惑星をテーマにした箔を貼りました。金箔に色を染めていったり、銀を燻して、オーロラに光る箔を使ったり。こちらも箔を三層、四層と重ね、削ったり、足したりで色合いを表現しています。

ーー裕人さんの月への憧れは、宇宙兄弟との出会いによって、新たに月から地球見るという視点を生みました。地球と月、二者の視線の交わりは「-月を見る 月から見る-」という展覧会のタイトルになっていますね。

宇宙兄弟とオオカミに加えて、新たに月と地球のお皿も制作しました。会場に入ると、正面に大きな地球があり、その上にお月さんが置かれています。両サイドに宇宙兄弟の作品を飾り、センターにオオカミを配置し、月と地球からそれぞれを眺めているという構成で、インスタレーションとして楽しんでいただける空間になっています。振り返って、今回は、自分自身自信を持った展示になっております。作品を置いて「はい月ですよ」と言う事じゃなく、視点を変えながら、どうすればより感動してもらえるかをずっと考えていたので、個人的にも思い入れの深い展示になったと思います。

ーー作品を見られた方の感想で印象に残ったものはありますか?

宇宙兄弟とのコラボレーションは今までのファンの方がどのように受け止めるかといった不安もありましたがうれしい反応がたくさんありました。
たとえば、以前から私をよく知っていただいている年配のご夫婦の奥様がご病気で入院し、退院されたタイミングで展覧会に足を運んでいただいたんです。宇宙兄弟はご存知ないということだったんですが、一目見て「この絵は元気が貰える。何か涙が出るくらい嬉しい」と話されて、それが大変印象に残っています。あと宇宙兄弟の小山さんが所属しているクリエイティブエージェンシー「CORK(コルク)」の会社の方が見に来られた時は「こう表現したのか」と驚かれていました。箔の輝かしい表現方法がすごく面白いと仰って、私も私で宇宙兄弟に対する気持ちや、金箔銀箔に対しての今までの思いをお話し、お互いに通じあえたところがあって、やってよかったと思いました。人に喜んでもらったり、感動していただくと、やっぱりそのために作品を作ってるんだなとを再確認できるというか。もう一度原点に戻れた気がしましたね。

ーー原点といえば、裕人さんが月をモチーフに創作を始められたのも、月に元気をもらったからと伺いました。

はい。40歳で作家の道に進む決意したんですが、辛いことが重なりずっと下を向いていたんです。そんな時、何気なく夜空を見上げると、お月さんが浮かんでいて「がんばれよ」って優しく微笑みかけてくれてる気がしたんです。それ以来、自分もそんな人間になれたら良いなと思って月を追いかけてきました。月をテーマにしたものばかりを作るんで「月のアーティスト」って呼ばれたこともあるんですが、なぜ月に憧れるのかを思い返すと一つ理由がありまして。1970年に大阪万博が開催されて、月の石が展示されていたんです。どうしても実物を見たくて万博に3回行ったんですが、3回とも満員で見られなかったんです。もしかしたらあの時、月の石が見られなかったから、月を追いかけたのかもしれません。その後、再び月に出会ってからは、月をきっかけにご縁が広がり今は最初の頃より一層、お月さんに感謝しています。

ーーエネルギーあふれる太陽も良いですが、そっと寄り添ってくれる月にも魅力を感じます。

太陽は力強く自分から発信していきますが、それに照らされ、輝いているお月さんというのも優しくて、しびれるモチーフですよね。

宇宙兄弟を描かれた小山さんは作詞家で、今回、私はメロディを考えた作曲家。

ーー「ARToVILLA」では現在「部屋から、遠くへ」という特集をしています。たとえ家の中にいても、遠くに足を運ぶことができなくても、アートがあれば、私たちはどこにでも旅立っていける。そんな思いを込めたのですが、アートの持つ力について、裕人さんのお考えを聞かせてください。

大したことは私には言えないですが、お気に入りの絵を飾っていたら家に早く帰りたいなとか、この作品があるから部屋が好きだなとか、そんな気持ちにならないですか? そういう力がアートにはあると私は思います。アートが部屋に根付いたら、この場所良いよなっていう力を出してくれるんじゃないかなと。

ーー裕人さんの作品は、観賞後、見慣れた月がいつもと違う雰囲気になるように思います。

そんな広がりを感じてもらえたら嬉しいですね。お月さんだけと違って人生観というか、鑑賞された方の内面、見方の角度が変わることで、何か自分をもう一度見直すきっかけになったらという想いもあります。アート自体が新しい視点をもたらしてくれるものですよね。あと、アート作品って購入した時と1年後2年後、10年後で見え方が違ってくるんですよ。その時々によって変化する。アートを通して、自分の成長具合がわかるというか。たとえば、元気な時と落ち込んだ時では同じ絵でも違って見えますよね? 人間は常に変化していますが、アート作品は同じ。見え方が変わるということは鑑賞する側が変わったということ。なので、アートは自分を見つめ直す、一つの尺度になるのかなっていう気はします。

ーー最後に「-月を見る 月から見る-」に足を運ばれる方にメッセージをお願いします。

月や宇宙が好きな方はもちろんなんですが、見る視点をちょっと変えてもらったら、面白い場所にお連れできると思いますし、宇宙兄弟とコラボレーションすることで生まれた、新たな裕人礫翔の表現方法を見ていだきたいという気持ちも強いです。例えていうなら宇宙兄弟を描かれた小山さんを作詞家とするなら、今回、私はメロディを考えた作曲家、展示は楽曲というイメージなんです。この作品自体が一つのワールドであり、世界観を感じてもらって、その中で金箔銀箔の伝統文化を少しでも知っていただき、モノを作りたい方や、アートを楽しむ方の刺激になればと思いますので、みなさん、よろしくお願いいたします。

[展覧会名]
裕人礫翔 -月を見る 月から見る-

[場所]
大丸東京店 1階イベントスペース ※初日のみ12時開場、最終日は18時閉場
東京都千代田区丸の内1-9-1

[会期]
3月1日(火)~3月8日(火)

[展覧会名]
アートフェア東京 2022
Artglorieux GALLERY OF TOKYO 出展作家:裕人礫翔

[会場]
東京国際フォーラム・ホールE / ロビーギャラリー ブースNo.C008
東京都千代田区丸の内3-5-1

[会期]
2022年3月10日(木)〜3月13日(日)
・3月10日(木)VIPプレビュー 11:00〜19:00
・3月11日(金)、12日(土)11:00〜19:00
・3月13日(日)11:00〜16:00

ARTIST

裕人礫翔

箔工芸作家

1962年、京都・西陣に生まれ。経済産業省認定・伝統工芸士。 父であり京都市伝統産業技術功労者の号を持つ西山治作に師事し箔工芸技術を学ぶ。 2002年、自身のブランド「裕人磯翔」を設立し創作活動を本格化。「箔」を主役とした作品を手がけ国外、 国内において積極的な活動を展開する。様々なジャンルのデザイナーやアーティストとの共同制作を行うと同時に、文化財保存を目的として進められているデジタルアーカイブ制作事業に参画。箔工芸士の誰もが成し得なかった再現手法を独自の理論と経験をもとに完成させるなど現在、裕人陳翔の功績と活躍は、日本の文化や芸術の象徴として世界に誇るものとなっている。

volume 01

部屋から、遠くへ

コロナ禍で引きこもらざるを得なかったこの2年間。半径5mの暮らしを慈しむ大切さも知ることができたけど、ようやく少しずつモードが変わってきた今だからこそ、顔を上げてまた広い外の世界に目を向けてみることも思い出してみよう。
ARToVILLA創刊号となる最初のテーマは「部屋から、遠くへ」。ここではないどこかへと、時空を超えて思考を連れて行ってくれる――アートにはそういう力もあると信じています。
2022年、ARToVILLAに触れてくださる皆さんが遠くへ飛躍する一年になることを願って。

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