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ESSAY

2022.08.19

ミュージシャンが綴るアートのこと。/Vol.02 蓮沼執太

Text / Shuta Hasunuma
Illustration / Natsuki Someoka
Edit / Eisuke Onda

夏はイベントで全国を駆け巡るミュージシャンの方々に、この時期に鑑賞した特別なアートの話を綴ってもらった。1年の中でも一番祭りが多い季節、芸術祭で、美術館で、ギャラリーで、あるいは街の中で、いったいどんな作品に刺激を受けたのか? 

二回目に登場するのは国内外で活躍する音楽家の蓮沼執太さん。2007年にドイツのカッセルで開かれた「ドクメンタ12」で鑑賞したHito Steyerl(ヒト・シュタイエル)の映像作品《Lovely Andrea》を紹介します。海外で見た日本の「性」をテーマにしたこの作品で考えたことって?

Hito Steyerl(ヒト・シュタイエル)《Lovely Andrea》
ドクメンタ12(2007年)

映像やインスタレーション作品を数多く手掛けるヒト。彼女は東京での学生時代(80年代 後半)にモデルをしており、その当時一度だけ行った緊縛撮影の写真とその写真家を探すドキュメンタリーが本作。性の消費というシリアスなテーマの作品だが某有名ヒーローや映画、パンクが随所にサンプリングされており、ポップな仕上がりにもなっている。ヒトは評論にも定評があり昨年日本でも出版された単著に『デューティーフリー・アート:課されるものなき芸術 星を覆う内戦時代のアート』がある。

 

社会の出来事を、自分ごと化するために

ドイツのカッセルで5年に一度開かれる国際美術のグループ展「ドクメンタ」。名称の意味は「時代の記録」だそうです。「ヴェネティア・ビエンナーレ」と同じように、現代美術の先端と言えるアーティストが集い、現代性、社会性、政治性の強い作品も多く、アートの動向に大きな影響を与え続けている展覧会です。ちなみに今年も「ドクメンタ15」が開かれています。今回はインドネシアのコレクティブ、ルアンルパがディレクターに抜擢され、非欧米的な文脈での展示も期待されていました。しかし、一部の作家や作品に反ユダヤ主義が指摘されたことを受けて、ドイツの歴史とも深く結びつく問題から国内を揺るがす大激論が交わされている現状です。アートが、歴史や人間観にダイレクトにつながる問題として、密接に関係していることがよくわかります。

さて、僕が23歳の時、2007年開催「ドクメンタ12」へ行ってきました。この時のテーマは大きく「Is modernity our antiquity? (近代性は我々の過去か?)」「What is bare life? (むき出しの生とは何か?)」「What is to be done? (何がなされるべきか?)」だったと記憶しています。中世16世紀から現代まで、幅広い世代の作家作品を扱っていて、しかも注釈がありません。そして、作品も等しく展示されていることでも注目がありました。僕自身かなり集中して色々な会場をまわりました。なぜ、こんなに(ある意味で)観にくいように設定されており、自分自身で考えながら作品を鑑賞していくのか?ということを考えました。それは、アートに関わるアートピープルのためだけの展覧会では無く、すべての人々が展示された作品たちと対峙したときに、そこから見えてくる「私たちの時代、世界」というものを、自身のこととして感じ取れるものにしよう、というコンセプトの現れだったのかもしれない、と感じました。そういった先鋭的な作品の見せ方やコンセプトの設け方は、「ドクメンタ」はその時々の政治、国際情勢を利用することで、国際芸術祭としての独自の地位を築いて、新しい価値基準を作っていく歴史を担っているという見方もできます。

「ドクメンタ12」 の中で記憶に強く残っている作品は、Hito Steyerl(ヒト・シュタイエル)《Lovely Andrea》の映像です。ヒトは、映画監督の今村昌平、原一男の下で撮影やドキュメンタリーについて学んでいたことで有名です。この映像もヒト自身が日本のビルの中と思われる場所から出演したところからはじまり、1987年に撮影された自身のヌード写真を探すというテーマで、日本社会の中の「性」を消費の対象として扱うことへ批判的かつアイロニーを込めて扱っています。映像のテンポもよく、スイスイと観てしまいました。

20代はじめの若者にとっては、これまでアートに対して、ビジュアルの印象としての良し悪しはあったり、理解のある、美術の文脈をふまえた上で鑑賞するなどをして、作品理解をしていた気になっていました。しかし、ドイツまでやってきて、ドイツ出身のアーティストが日本のセクシャルな社会問題をドキュメンタリーとして扱う作品にショックを受けてしまいました。日本の内側からではなく、海外からの視点という切り口ではあるものの、「性の消費」という問題設定に予想外の衝撃がありました。ヒトさんはこれ以降も様々な活動を展開されていて、いろいろな作品に触れていますが、この最初の出会いは忘れられません。

「ドクメンタ」はアートの祭りでもあるわけですが、社会の移り変わりによって、その祭りの形も変わっていくように感じます。様々な思想や価値観が入り込むことによって、自分たち自身も現在地を見つめ直す機会になると思います。このように、自分たちも祭りも修正を重ねて、成長をしていくことの大切さを感じます。

Information

蓮沼執太さんの活動の最新情報は公式HPにて。
www.shutahasunuma.com

DOORS

蓮沼執太

アーティスト / 音楽家

1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、映画、演劇、ダンスなど、多数の音楽制作を行う。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、ワークショップ、プロジェクトなどを制作する。2013年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティ、2017年に文化庁・東アジア文化交流史に任命されるなど、国外での活動も多い。主な個展に「Compositions」(Pioneer Works 、ニューヨーク/ 2018)、「 ~ ing」(資生堂ギャラリー、東京 / 2018)などがある。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

volume 03

祭り、ふたたび

古代より、世界のあらゆる場所で行われてきた「祭り」。
豊穣の感謝や祈り、慰霊のための儀式。現代における芸術祭、演劇祭、音楽や食のフェスティバル、地域の伝統的な祭り。時代にあわせて形を変えながらも、人々が集い、歌い、踊り、着飾り、日常と非日常の境界を行き来する行為を連綿と続けてきた歴史の先に、私たちは今存在しています。
そんな祭りという存在には、人間の根源的な欲望を解放する力や、生きる上での困難を乗り越えてきた人々の願いや逞しさが含まれているとも言えるのかもしれません。
感染症のパンデミック以降、ふたたび祭りが戻ってくる兆しが見えはじめた2022年の夏。祭りとは一体なにか、アートの視点から紐解いてみたいと思います。

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