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2022.10.07
【前編】女1人、男2人の私たちが「家族」となるまで / 連載「作家のB面」Vol.5 百瀬文
Photo / Ichiko Uemoto
Edit / Eisuke Onda
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
第五回目に登場するのは百瀬文さん。映像における複雑な構造を意識しながら鑑賞者にコミュニケーションとは何か、女性の身体とは何かを問いかけるアーティストだ。また近年では自身の生活を綴ったエッセイを文芸誌『群像』で連載するなど幅広く活動を見せている。
そんな彼女が取材で指定してきた場所は、映像作家の斎藤玲児さんと、写真家の金川晋吾さんという二人のパートナーと暮らすご自宅。お話のテーマは「家族」です。国や制度に縛られない暮らしを実践する父のもとに生まれ、大人になってからは心地よい生活を求め今の暮らしが始まった。
百瀬さんが今考えている、家族とは? 暮らしとは? 自由とは? 彼女の友人であり写真家の植本一子さんが撮影した3人の日常を切り取った写真とともに、インタビューは前後編でお届けします。
なぜ結婚は国家が決めるの?
――百瀬さんの映像作品にはお父様が出演された《定点観測[父の場合]》や、お祖母様がご出演している《The Interview about Grandmothers》がありますね。今回は「家族」について伺いたいのですが、まずは百瀬さん自身がどのような家庭で育ったのかお聞きしたいです。
私の家族観は、世間一般のものとはかなりかけ離れていると思います。それは自分が育った環境が特殊だった影響がたぶん大きいです。私は「イエ」制度とはズレた価値観の家庭で育ちました。編集者だった父親は「結婚を選ばずに家族をつくることは可能なのか」ということを実践しようとしていた人です。これは私が勝手に想像しただけですが、それは父にとって最小単位のアナキズムの実践のようなものだったのかもしれません。結果、両親は事実婚を選択しました。私が生まれたときも、子どもが「国力」というものにカウントされるのが嫌だったのか、私は今でも戸籍上「庶子」(婚外子)なんです。実家の表札の名字も2つあり、私は母の姓を名乗っています。世間からみると核家族と言われるような構成でしたが、家族という集合体意識よりも個人が集まってるという感覚が強かったと思います。
《定点観測[父の場合]》(2013–2014)。百瀬さん自身が父親に向けた173の質問を、父親本人が読み上げ回答する様子を記録した映像作品
《The Interview about Grandmothers》(2012–2016)。百瀬さんの祖母二人にお互いの印象を質問するインタビューだが、語ってる声はどちらも同じ人物のもの。どちらが発しているかは最後まで分からないようになっている。展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年 / 撮影:永禮 賢 / 写真提供:森美術館
ーーお母様はどんな方でしたか?
母も変わった人でした。図書館司書のパートをしていたので、家には本がたくさんあったのですが母は自分で読むのでもなく、背表紙がきれいに並んでいる状態を眺めるのが好きみたいでしたね。そんな母はわりと感情的な部分があり、喧嘩の際にはよく「一家離散よ!」と言っていました。でも当時の私は、一家がいつでも離散できる可能性があるということに、どこか気楽さを覚えていたんだと思います。私自身、父と母の3人で暮らしているのはあくまで私という人間が成人するまでのプロジェクトであって、家族という形態が未来永劫ずっと保ち続けられるものだという意識は希薄な子どもだったのだと思います。
ーー当時の暮らしぶりで記憶に残るエピソードはありますか?
私たち家族は古い賃貸マンションの一階に住んでいました。どこか固定の土地に縛られることも、父は嫌っていたんです。父は家の6畳くらい広さの庭に畑を作っていて、そこで取れる野菜を家族で食べたり、生ごみも全部コンポストで堆肥にしたり、私の生理用布ナプキンを洗って赤くなった水を畑の栄養になると信じて水やりに利用したりしていました。無駄にせずに使えるものは全部使う、自給自足でできる範囲のことをやるということは、父の思想と自然とつながっていたのだと思います。何かに支配されることなく、なるべく自分たちでどうにかするという生活意識は常にあった気がします。
ーーサザエさんに代表されるように、世の中のコンテンツは伝統的な家族像をはっきり映し出すものが多いですよね。そういうものを目にすることで、ご自身の環境に違和感や疑問を感じることはありましたか?
よその家とはちょっと違うんだろうなということは薄々わかっていました。父に直接「うちはなんで結婚してないの?」と聞いたこともあります。すると「なんで自分たちが一緒にいることを国家に申告しなくてはいけないのだと思う?」と逆に聞かれるんです。そうなると私も結婚という概念が理解できていなかったところもあり、「たしかに……」と妙に納得してしまって。この父の問いは今でも私にとって重要なものになっています。たとえば結婚式は仲のいい人たちに見守ってほしいとか、友達に結婚を知らせたいという思いも含め素敵なものだとは思いますが、結婚自体はなんで国家に承認されなければいけないのかと思ってしまいます。
ーーたしかに関係性を築く上で国家の承認が必要ということへの疑問はわかる気がしました。そして百瀬さんのご両親が婚姻制度に頼らずに「家族」を形成してきたことは、百瀬さん自身の価値観に大きな影響を与えていることも。百瀬さん一家側からみて、一般的な“ふつう”の家族に対して違和感を覚えたことはありましたか?
お正月ですかね。親戚が肩を並べて卓を囲んでいる様を見ると、伝統的な家族観の枠組みに自分が強制的に組み込まれていることを実感してしまう。これまで家庭内では個々が尊重され、それぞれが主体的に生活していたのに、ここでは父も私も家族らしい振る舞いをしようとしてしまうんですよ。まるでなにかのパロディを自分でやってるようで、お正月はいつも家族を演じているような気持ちでした。個人ではなく、血縁があらゆることに優先される社会というのがあることを毎年正月に実感するんです。でも、そこで何か自分たちを否定することなく自分を保っていられたというのは、今思うとよかったと思います。
恋が終わってもリセットしたくない
ーー百瀬さんは現在、映像作家の斎藤玲児さんと、写真家の金川晋吾さんという2人のパートナーと一緒に暮らしています。本日取材で伺った際もちゃぶ台を囲んでお昼ごはんを食べている様子がとてもほほえましかったのですが、3人の共同生活に至る経緯をお伺いできますか?
3人で暮らしだしてもうすぐ4年になります。出会いとしては玲児くんが先で、学生時代からの仲。当時私たちは「恋人」という関係性でした。形態が変わったきっかけは、玲児くんから「恋人としての好きと友達としての好きもあまり変わらない」という趣旨の話をされたことです。私はヘテロセクシャルのシスジェンダー女性(*1)であり、当時は“ふつう”に恋愛をしたい人間でした。だから恋愛と友情に差がないというのは何か女性として否定されたようでショックでした。ただ、彼は自分の世界を大事にするタイプであり、一人の時間を優先したいという思いがあること、恋愛に対するプライオリティが低いこと、そもそも恋愛感情自体が希薄なのだということもなんとなく理解はできました。当時からお互いに婚姻制度には疑問があったことから、一緒にいても結婚はしないだろうという話や、付き合うということが相手の行動を制限したり、相手の首に鎖をつけるようなことは違うという話もしてきた。だからこれからどういう関係性でいられたらお互いが心地よくいられるのかを一緒に考えることにしたのです。恋愛ベースで関係性をみると、一般的には一つ恋を終わらせてまた新しく別の人と始めるというリセットを行いますよね。でも、私たちはお互いのこれまでの関係をなかったことにするということがどうもしっくりこなかった。「恋人」や「友人」など関係性をカテゴライズすることもなく、このままつながっていられる方法はあるはず。そこで、お互いにこの特別な関係性を継続したままで、別の人との関係性もそれぞれ模索するようになりました。
*1……「ヘテロセクシャル」は異性愛者のことで、「シスジェンダー」は生まれ持った性別と性自認が一致していること。
ーー恋する男女がひとつのペアになって生涯を送ることが当たり前とされる「ロマンチックラブイデオロギー」が浸透している世界で、名もない特別な関係性を他者に理解してもらうのは難しそうですね。
そうなんです、玲児くんとの関係は玲児くんとの関係で、あなたとの関係はあなたとの関係。そのことはちゃんと玲児くんも了解しているし、関係性に優劣があるわけではないと説明をしても、毎回好きになった人にわかってもらうことは難しかったです。 実際に傍から聞くと都合のいい話に聞こえるのもわかります。
私たちが暮らせる場所を求めて
ーーそんなときに出会ったのが金川さんですね。
金川さんとはもうすぐ5年くらい。もともと作家としての玲児くんのことも尊敬していたようで、私と玲児くんの関係性もおもしろがってくれていました。当時3人はバラバラに暮らしていたのですが、3人の賃貸更新のタイミングがたまたまかぶったことで、一緒に住んでみたらどうだろうという提案に至りました。それで家を探しだしたのですが、それがまた大変で。
ーーたしかに、大家さんがどういう関係なんだろうと気にしそうですね。
男2人、女1人。わかりやすい関係性ではない私たちに家を貸してくれるところはなかなかありませんでした。大家さんには住人を選ぶ権利があるので、得体の知れない私たちはたいてい弾かれてしまう。そこで少ない選択肢ながらシェアハウス可の物件を探しました。今はこの家に住めていますが、このときの不動産屋で断られ続けた経験がまさに日本という国がいかに「家庭」をベースに回ってるかということを裏付けていると思いました。外国人や同性カップルの方は家を借りるのが大変という話もよく聞きますが、この国で“ふつう”とされないものはとりあえず見ないふりをされてしまうんですよね。
ーー社会的にマイノリティとされる人びとが日々の生活を送るなかで生じる生活課題や困難は当事者以外には認識されにくく、顕在化しにくいですよね。
伝統的な社会規範通りではない生活をしようとするとやんわりと排除されてしまう。別に、私たちはただ自分たちが生きやすいように、この暮らしを選び取っているだけなんですけど。
ーー「こうしなければならない」「こういう関係でなければいけない」という旧来的な思い込みがなければ、本当は百瀬さんのように社会規範にとらわれない暮らしをしたいと思っている人は多いのかもしれないですね。3人で暮らし始めた時点で百瀬さんの恋愛感情の矢印は両者に向いている状態でしょうか。複数のパートナーがいるというお話から、合意の上で複数のパートナーと恋愛関係を築く「ポリアモリー」の関係性なのかなと。
こういう話をするとよくポリアモリーですかと聞かれることが多いです。ポリアモリーであるということは、基本的には恋愛がベースにありますよね。でも、私たちは今、恋愛状態にはないのです。それは徐々に変化してきた関係性でもあります。3人で一緒に住みだした頃は、玲児くんに対する気持ちはお互いにすでに家族のような、友愛の気持ちに近いものでした。一方で金川さんに対しては、まだ知り合って一年くらいで新鮮だったこともあり、恋愛感情に近い感情を持って接していたと思います。その辺も全部玲児くんには正直に話していました。でも、徐々に金川さんの望む関係性と、それがあまり噛み合っていないと思うことが増えるようになりました。そもそも最初からお互いに付き合おうとも言っていなかったんですが、金川さんは他者との恋愛関係を求めない「アロマンティック」というセクシュアリティに近い性質を持っているのだと気づきました。よく考えてみれば、そういう性質の人だからこそ三人の共同生活が始められたんじゃないかと気づくはずなんですけど、当時のわたしはそのことがあまりわかっていなかった。頭では相手のセクシュアリティを尊重したいと思っているのに、自分が向けた恋愛感情に、恋愛感情で返してもらえないということがどうしても辛くて、その当時はだいぶ葛藤で苦しんでいました。思想としてはロマンチックラブ・イデオロギーに否定的だったはずなのに、私自身はもともとかなり恋愛体質の人間なのだということに気づいたんです。でもそれはあくまで恋愛に「国家」との契約が介入してくるのが嫌なだけであって、個人と個人の間の特別な関係としての恋愛というもの自体は大切に思っているんだ、という自分を正直に受け入れるきっかけにもなりました。それでも根気よく金川さんは、恋愛感情ではない、家族に向ける友愛にも似た「愛情」のかたちについて私と対話を続けてくれたんです。その場にはだいたい玲児くんも立ち会って冷静な意見をくれたりしていました。それからは徐々に金川さんに対しても、恋人という役割を求めるのではなく、別の関係性でつながっていきたいと思えるようになりました。この暮らしが4年目になろうとしている現在では、パートナーが二人いるというよりは、この三人だから一緒に暮らしている、というような感覚です。だからポリアモリーかと問われると、自分の中では違うんです。
百瀬文 展
十和田市現代美術館で百瀬文の個展を開催決定。本展では、女性声優をテーマにした新作を発表。日本では、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ(緒方恵美)や『ONE PIECE』のモンキー・D・ルフィ(田中真弓)など、女性声優がアニメ作品で少年役を演じることがよくあります。百瀬は女性声優が少年を声で演じる際の、声優自身の性とキャラクターの性の流動的な関係性に焦点をあて制作します。 今回のテーマとつながる過去の作品も出展予定。
会期:2022年12月10日(土)〜2023年6月4日(日)
会場:space(十和田市現代美術館サテライト会場)
ARTIST
百瀬文
アーティスト
東京を拠点に活動するアーティスト。 2013年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。 映像によって映像の構造を再考させる自己言及的な方法論を用いながら、他者とのコミュニケーションの複層性を扱う。近年は映像に映る身体の問題を扱いながら、セクシュアリティやジェンダーへの問いを深めている。主な個展に「I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U」(EFAG East Factory Art Gallery、2020年)、「サンプルボイス」(横浜美術館アートギャラリー1、2014年)、主なグループ展に「フェミニズムズ/FEMINISMS」(金沢21世紀美術館、2021年)、「新・今日の作家展2021 日常の輪郭」(横浜市民ギャラリー、2021年)、「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」(森美術館、2016年)、「アーティスト・ファイル2015 隣の部屋—日本と韓国の作家たち」(国立新美術館、韓国国立現代美術館、2015-16年)など。
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