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- 【前編】現代アーティストの教育論。学生と対話しながら考えていること / 連載「作家のB面」Vol.26 横山奈美
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2024.09.25
【前編】現代アーティストの教育論。学生と対話しながら考えていること / 連載「作家のB面」Vol.26 横山奈美
Text / Shiho Nakamura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。
今回、訪れたのは愛知県立芸術大学。都心から少し離れた自然豊かなキャンパスで待ち合わせたのは、物や言葉を描くアーティスト・横山奈美さん。もうひとつの仕事でもある「教育」をテーマに学生も交えながら話を聞いた。
二十六人目の作家
横山奈美
トイレットペーパーの芯など捨てられる寸前の物を描く「最初の物体」シリーズや、他者が描いた言葉をネオンにしてそれを克明に描く「Shape of Your Words」シリーズなど、物や言葉が持つ価値観を自問自答しながら作品制作をするアーティスト。
《最初の物体》(2016 /2570mm x 1970mm)
《Shape of Your Words -T.K.-》(2023/1818mmx2273mm)
教育は本当に難しいと、日々実感する
取材は横山奈美さんの母校であり、現在教鞭をとっている愛知県立芸術大学で行った
――横山さんはアーティスト活動をしながら、愛知県立芸術大学(愛知芸大)で准教授を務めています。今回のインタビューでは「教育」をテーマにお話ししたいとのこと、その理由を教えてください。
非常勤講師だった時期を含めると、愛知芸大の教員になって9年ほど経つのですが、今でも、学生を「指導する」「導く」なんて無理だって思うんですよね。私は、学生が表現したいことを深く探求していくためのサポートをすることしかできないんじゃないかって。そのように感じながら学生と向き合っているのですが、教育は学生の人生を左右することでもあるので、本当に難しいことだと日々実感しています。だからこそ、私にとって教育は大きなテーマのひとつでもあって、今回お話ししてみたいと思ったんです。
――普段、どんな授業をしているんですか?
学部では油画専攻の学生に主に実技を、大学院では定員5人の研究室を担当しています。院生では、自分自身で展示を企画したり、展示に誘われたりすることが増えるので、そういう意味では、作品の方向性が固まりつつある学生も多く、作家活動をするのとあまり変わらないと思います。基本的に研究室では、学生が話したいと思うときにLINEで連絡をもらって、今話したいと思っていることや制作した作品について、学内のアトリエで作品を前に話すんです。表現したかったことが少しぼんやりしているところを、絵を見ながら「なぜこの選択をしたのか?」と、対話形式で探っていく感じですね。
1966年に開学した愛知芸大では、現在、老朽化や耐震補強のため段階的に各建物を工事中。大学院の横山奈美研究室は、音楽学部の旧校舎の一部を一時的に借りて学生たちがアトリエとして使用している。写真は学生の村瀬ひよりさんが制作する空間
――今日は、横山さんの研究室に所属する大学院修士課程1年生の村瀬ひよりさんにも来ていただきました。展示が終わったばかりとお聞きしましたが、どんな作品を展示されていたのかお聞きしたいです。
村瀬:アートラボあいちの一環で開催されたグループ展「Beyond A and Z」に参加していて、今は少し一段落したところです。学外で展示をしたのは初めてだったので、次はこういう作品を作りたいと前進する大きなきっかけになりました。今後も継続して描こうと思っているテーマのひとつに「戦争」があって、今また時間ができたのでいろいろリサーチしているのですが、調べれば調べるほど、どの情報が正しいのか、そもそも正しさとは何なのかと、もっと掘り下げて考えないといけない課題が見えてきています。同時に、どのように絵に表現していくのかということも。
横山:村瀬さんの制作は、ニュースで知り得た事件などをきっかけに、自分が当事者だったらどう感じるのかと考えるところから始まっているんですよね。でも、例えば戦争をテーマにした際に当事者のことを深く考えていくと、当事者の気持ちをすべて掴みとるのが難しいということに行き着く。以前、村瀬さんになぜ描くのかと尋ねると、「自分を戒めるため」「自分を顧みるため」という言葉を使ったことがありました。自分がわかった気にならない、自分を正当化しないということですね。社会的な事象をただ作品のモチーフとして扱うのではなく、また、単純に戦争がいけないことだと訴えるのでもなく、自分の中に深く取り込んで、矛盾を受け入れながら絵画に起こしているアーティストだと思います。
グループ展「Beyond A and Z」で展覧した村瀬さんの作品
ーー村瀬さんが、横山さんのもとで学ぶ中で印象に残っていることを教えてください。
村瀬:学部生のときは別の大学で学んでいて、横山先生と初めてお会いしたのは去年の11月、愛知芸大の大学院を受験する事前面談のときでした。大学2年生の頃に今に繋がるような社会問題に着想を得た絵を描いていたのですが、自分は当事者じゃないから、なんとなくニュースで見たものを扱って良いのかとか、そんな立場にはないんじゃないかと思ってしまって、少しスランプのような時期でもあって、面談のときには違う絵に取り組んでいたんです。そんなときに横山先生に「社会と自分は本当に関係ないのか?」という問いをもらって、自分がこの社会で生きている限り、たとえ実際に体験をしていなかったとしてもまったく無関係ではないと思い直して。そこからまた事件や戦争といったことがテーマになりました。
横山:事前面談で、村瀬さんが大学2年生のときに描いていたその作品を見させてもらったのですが、大学2年生のときに描いた作品が私の中でも強く印象に残っています。大学院に入学してから村瀬さんの作品は、そのテーマに戻りつつ、さらに深掘りしていくものになってきたと思います。
今年3月に名古屋芸術大学を卒業し、愛知県立芸術大学大学院に入学した村瀬ひよりさんは、油絵を制作している。今年9月8日まで名古屋にあるギャラリー、IDFで初の個展を行った
自問自答した時間から得たもの
写真は吉村順三による水平連続窓が美しい、キャンパスのランドマークである講義棟にて
――ここ愛知芸大は横山さんが大学と大学院時代を過ごした母校でもありますが、どのような学生生活を送っていたのでしょう。
ここで創作活動をしていた6年間は本当に自問自答した期間で、確実に自分の核になっているんです。先生に教えてもらったことも、もちろんたくさんありますが、本を読んだり、アーティストと話したり手伝いに行ったり、自分の作品を見てもらったり、バイトをしたことで自分のどうしようもなさに気づいたり。そういった学外で得た経験をもとに大学に来てはキャンバスの前に座って、何が描けるのかと、自分自身と対峙する時間がすごく大事でした。上手な描き方やクオリティの上げ方を学ぶこと以上に、自分の核にあるものをいかに学生生活の中で見出せるかが重要で、それを見つけてほしいなと思って、今、学生と関わっていますね。
――愛知芸大で教員になる以前から教育に興味を持っていましたか?
そうですね。大学のときに教員免許を取得したので、大学院生の頃から中学校や高校で非常勤講師として美術の授業を受け持っていました。自分の父親が教員をしていた影響もあると思います。父は体育を教えていたので美術とは異なる分野ですが、体育会系のマインドを私も受け継いでいるかもしれないと思うことがあって(笑)。というのも、大きいサイズの作品を描くのは肉体を酷使するし、自分が持つエネルギー以上のことを発揮しなければならない日も多く、作品について考えるのは忍耐強さも必要です。自分のことをどんどん深掘りしていくことって、さぼろうと思えばいくらでも怠慢になれるものだから。何か見え始めたときは気持ちよさもあって、でもまた何かわからないものに追いかけられて不確かになって……と繰り返すそのプロセスとは、本当は見たくない自分自身や、目を背けている社会の一面を掘り下げていくことでもある。苦しいけれど、作品制作においてとても重要なことだと思うんです。
――横山さんが学生だったときの印象に残っているエピソードはありますか?
今も本学で教鞭をとっていらっしゃる大﨑のぶゆき先生のゼミを受けていたんですが、大﨑先生はいつも私が作品の話をすると、「それはなんで?」って聞くんです。言ったことに対してすべて、なんで?って。当時は答えられなくて、涙が出るくらいすごく悔しかったんですよね。それが今、学生に「横山先生はいつも『なんで?』って聞きますよね」と言われている(笑)。ああ、問うということが自分のベースになっているんだな、と思います。
キャンパスには学生に混じって猫もちらほら。「私が学生の頃から、住み着いてる猫がいてみんなで名前をつけてました(笑)」と横山さん
自分年表を作ることで、見えてくる自己
横山さんが卒業制作を行ったという石膏室。「ここで描いていいと大学から許可をもらって、冬場に身が凍りそうになりながらも、籠って制作した思い出の場所。そんなに広くはないですが、温室のような独特の雰囲気がたまりません」と横山さん
――学生と関わるうえで大切にしていることを教えてください。
私は教員でもありますが、アーティストでもあるわけじゃないですか。これが自分のやるべきことだと信じて作家活動をしていて、学生と関わるときもその考え方が軸となっているのですが、自分の作品における考え方を押し付けないようにすごく意識していますね。押し付けてしまうと、きっと作品が似てきてしまう。それは学生にとって不幸なことだと思うんです。だから作品へのアプローチに対する「考え方の方法」は伝えつつも、一人ひとりの学生が表現したいことにどう繋げていくのかを考えています。
――学生自身が何をどう表現したいのかまだ明確でないときに、それを言語化すること自体も難しいと想像します。また、答えはひとつではないことを話し合う難しさもありますよね。どのように学生から思いや言葉を引き出していくのでしょう。
今も鮮明に覚えているのが、私が学生のときに作った自分の年表なんです。自分が思い出せるだけの記憶を年代順に書いていって、嬉しかったり悲しかったり、自分の心を大きく動かしたものを抜き出していって、そのときの社会状況と結びつけて考えてみることをしました。その年表は、今も自分の創作の大きな基盤になっていて。これはコンセプトがどうこうという話ではなく、どんな人もできることだと思うんですよね。現在、学部のゼミで2年生にこの自分の年表作成をやってもらっているんですよ。だから、私がやってよかった、制作にいい効果を与えたことを学生にもしてもらって、自身と社会を結びつけてを考えるきっかけになってほしいと思っています。
――愛知芸大の教員になって月日が経ち、ご自身の中で教えることに対して変化は感じていますか?
今振り返ると、最初のころは学生に早く気づいてほしいと思うがゆえに「こういう考え方はどう?」といろいろと自分の考えを言いすぎてしまっていたかなと思います。それって、学生の可能性を狭めてしまうことになる。でも、言葉が少なくてもヒントのきっかけにさえもならないし、学生一人ひとり違うので、どこまで伝えるべきなのかとその塩梅を私も日々学んでいるところです。
後編では教育が横山さん自身の制作活動に与えた影響を伺った。すると「Shape of Your Words」シリーズと繋がる考え方の変化が垣間見えた
Information
『LOVEファッション―私を着がえるとき』
KCI所蔵の衣装コレクションを中心に、人間あるいは生物の根源的な欲望や本能を照射するアート作品とともに、ファッションとの関わりにみられるさまざまな「LOVE」のかたちについて考える展示。18世紀の宮廷服からコム デ ギャルソン、ロエベなど現代のトップデザイナーの洋服や、ヴォルフガング・ティルマンス、AKI INOMATA、松川朋奈、そして横山奈美の作品も展示されます。
会期:2024年9月13日(金)〜11月24日(日)
開館時間:10:00 〜 18:00(金曜日は20:00まで)
休館日:月曜日(9月23日、10月14日、11月4日は開館)、9月17日、9月24日、10月15日、11月5日
会場:京都国立近代美術館
公式サイトはこちら
ARTIST
横山奈美
アーティスト
1986年岐阜県生まれ、愛知県瀬戸市在住。捨てられる寸前の物を描く「最初の物体」シリーズや、ネオンをモチーフに、背後の配線やフレームまで克明に描く「ネオン」シリーズなど、物や言葉が持つ価値観を問い、個々の存在に同等の眼差しを注ぐ。最近の主な個展に「遠くの誰かを思い出す」(ケンジタキギャラリー、2024年)、「アペルト10横山奈美LOVEと私のメモリーズ」(金沢21世紀美術館、2019年)、グループ展に「Before/After」(広島市現代美術館、2023年)、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、2022年)などがある。
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