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- 【後編】世にいる人の数だけ存在するそれぞれのLOVEを描きたい。教育を通して広がった創作 / 連載「作家のB面」Vol.26 横山奈美
SERIES
2024.09.25
【後編】世にいる人の数だけ存在するそれぞれのLOVEを描きたい。教育を通して広がった創作 / 連載「作家のB面」Vol.26 横山奈美
Text / Shiho Nakamura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。
前編ではアーティスト・横山奈美さんに、現在教鞭をとっている場所でもある〈愛知県立芸術大学〉(愛知芸大)を案内してもらいながら「教育」にまつわる話を伺った。後編では、学生を教えることを通して広がった自身の創作活動について聞いていく。
憧れを参考にしても、自分の絵は描けない
愛知県立芸術大学の横山奈美研究室にて後編の取材スタート
――横山さんの研究室には「絵画の構造」と書かれた図が貼られていますが、教員になってから作ったものなんですか?
ゼミの初回の授業でまず、絵画ってどのようにできているんだろうということを話すのですが、そこで使っている図なんです。絵画には「形式」と「内容」があって、お互いに密接に関わり合っているということを表していて。私自身も完璧にできているとは思わないですが、今までずっと考えてきたことなんですよね。
横山さんの手描きによる「絵画の構造」の図。形式とは、線、形、色といった外側に表れているもの、内容とは、社会背景や作家自身のストーリー、絵画の歴史などを指し、形式と内容は密接に連関しているという。そして、社会を見る目、自分を見る目、歴史を見る目といったあらゆる「目」をひとつに集約することで、自分の絵画というものができることを説明している
――アーティストとしての活動を通じて考えが整理され、人に伝えるための図解ができたということでしょうか。
そうですね。やはり作品を制作して、作品を見せて、フィードバックをもらうということを何回も繰り返す過程で、だんだんと自分の中の絵画というものが見えてきたんじゃないかなと思います。でも、あまり言葉にしないアーティストもいますし、この図に描かれていることがすべてのアーティストにとって正しいものではないでしょうね。
また、すべての考え方を網羅して学生に教えるというのは不可能だとも思うようにもなりました。そういう意味では、特に大学院は自分の研究室を選んで学生が来てくれるので、私の考えやメソッドをちゃんと伝えるようにしています。ただ、それをやらなければ成績を上げられないというわけじゃないんですよ。それに対してあなたはどうするのか考えて作品で見せてくださいね、ということが大事。
――ここまでお話を伺って、横山さんが学生をはじめ他者と関わることを通じて変化があったことが感じられますが、横山さん自身の制作についてはいかがでしょう。例えば、代表作「Shape of Your Words」シリーズでは、さまざまな場所で出会った人々に言葉を書いてもらい、その文字をもとに実際にネオンサインを制作したのちに油彩で描くというシリーズ作品ですが、もともとは「LOVE」という横山さん自身が書いた文字を絵にした作品が起点になっていますね。自分の筆致のものを絵にするのと、多数の他者の筆致を描くのとでは表出するものが大きく異なると思うのですが、シフトするきっかけに教員としての経験があったのでしょうか。
もともと、自分が書いた文字を絵画に描いていたのは、ある種の自画像みたいな意味合いが強く、自分を見つめることで世界が見えてくるというか、自分と世界は繋がっているんだと確認するような行為に近かったんです。それが、愛知芸大に来て学生と関わるようになってから、自分の筆跡から人に書いてもらった筆跡を描くようになりました。学生と話したりいろんな人と関わったりするなかで、「個」というものは無数にあることを実感し、自分には自分の歴史や考え方があるように、この世界に生きているあらゆる人たちにも歴史や考えがあることを絵にできると思うようになりました。自分だけに焦点を当てるのではなく、自分も含めたあらゆる人々の文字を描くことで言葉の本質を描けるのかもしれないって。「Shape of Your Words」シリーズには、学生の文字を描かせてもらった作品もあります。
横山さんが描いた《LOVE》(2018/1818mmx2273mm)
他者に書いてもらったLOVEの文字で制作した《Shape of Your Words -W.K.》(2022/1818mm × 2273mm)
――教えることを通じて得たことが、自身の制作に活かされているんですね。
私の場合は、生活の中の身近なできごとや、人と話したこと、あらゆることから作品ができ上がってくる。だから、学生と話していることや、教員としてここで過ごしている時間は自ずと作品に投影されます。近所の八百屋のおじちゃんが今日はなんだか機嫌が悪いのかなとか、本当に些細なことがきっかけになっていることもあるし。以前、作品を見た人から「あなたは本当のLOVEがわかってない」って言われたことがあって。実際にわかっていないかもしれない。でも、その人の考えるLOVEと私のLOVEは異なるように思いました。もしかしたら、言葉の意味や解釈をすべての人たちと完全に一致させることは難しいのではないか。だからこそ、この世にいる人の数だけ存在するそれぞれのLOVEを描きたいと思っています。
展示風景「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京) 2022-2023年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館
――そのように誰かから言われた傷つく言葉など、どちらかというとネガティブな体験が、ネオン管の後ろで隠れているはずの配線を描いたり、文字としての言葉の背景にあるものを暗示させたりと、目に見えているものの裏側にあるものを描く動機になっているのでしょうか。トイレットペーパーの芯やお菓子の箱など、廃棄されていくものを描いた「最初の物体」シリーズにも繋がりを感じます。
ええ、遠くはないと思います。どうして日本人である自分が絵画を描くのか、どうしたら絵画を描けるのかとずっと考えていく中で、絵画というものが私にとって憧れなんだということに気づいたことがありました。憧れって、大抵自分が経験していないことが対象になるものですよね。だから、憧れを参考にしても自分の絵というものは描けない。それに気づいてから、身近にある捨てられたり消費されていく存在に自分自身を重ね合わせて描くことで、私にとってリアリティのある絵画を描けるのではないかと思うようになりました。それが「最初の物体」シリーズです。
《最初の物体》(2016 /2570mm x 1970mm)
――「Shape of Your Words」では、誰かに文字を書いてもらうと、どうしても気に入らない筆致があったり、絵に描きたくないと思ってしまったりすることは起きないのですか?
それが、すごく不思議で面白いんですよ。インドに行ったとき、一枚の紙に寄せ書きのように「I am」という文字を書いてもらったんです。それを見たすぐは「これ、絵になるかしら?」と思いました。でも、描いていくと、絵になるんです。そうやって経験上わかっているので、スタンスとしては、私が納得いくかいかないかで図像を決めるのではなく、すべて受け入れてを描くという感じです。画家って、自分の判断で色や構図、イメージを決めるじゃないですか。でも私の場合は、文字を書いてもらうまで色も構図もどうなるかわからない。ネオンサインもフレームや配線の部分は職人さんが決めるので、どのように完成するのかわかりません。画家の判断というものをできる限り少なくすることで、誰も見たことのない絵ができるんじゃないかなと思うんです。
《Shape of Your Words [in India 2023/8.1-8.19]》(2024)
私自身が作るからこそ、教えられることがある
――横山さんの作品には、油絵のほかにも木炭で描いたものもあります。異なる表現をするための素材として使い分けているんですか?
心構えとしては、ネオンの作品の場合は最終的なイメージを持てないまま、目の前にあるものを受け入れ写し取って、自分の決めたルールに従って制作が進んで行きます。その結果を見たいという気持ちで作っていているので、ルール自体も作品と言えるかもしれません。木炭の場合は、今考えていることや思うことをあまり時間をかけずに描き出せる。油彩と木炭に優劣があるわけではなく、互いに影響し合っていて、LOVEという言葉をネオンシリーズで描き始めたのも「ラブと私のメモリーズ」という木炭の作品シリーズを描いたことが着想源にあります。木炭で描くことによって、潜在的に自分が考えていることが視覚化されて、考えの整理にもなり、次に描くべきことを教えてくれることもあるんです。
「ラブと私のメモリーズ」の展示風景
《ラブと私のメモリーズ》
――最近、モチーフに使用しているネオン管を会場に置いて発光させるイベントを開催されましたね。絵画の制作過程の背景にある時間を感じることができるような体験で面白かったです。ネオン管を制作する職人をはじめ、作品には他の人も介入していることを意識的に見せているようにも感じました。
「Shape of Your Words」を作るようになってから自分と他者の関係だったり、他者の存在をより意識し始めたと思います。最近は、ネオンの形が言葉に似ていると思っていて。言葉って目に見えないものですが、もしその言葉に実体として体があったとしたらと想像すると、それはネオンに似ているんじゃないかって。光るガラス管の部分は言葉の"表面"、皮膚みたいな部分。それを光らせている配電線やコンバーターといったものが言葉を機能させるための“内側”、内臓のような部分。だから誰かに書いてもらった言葉をネオンにすることで、その人の言葉の体が目の前に現れて、それを描くと文字を書いた人の言葉の体をはっきりと写し出せるのではないかと考えました。
「Shape of Your Words」の制作で使用したネオンを集めて点灯させたイベントの様子 撮影:若林勇人
――「Shape of Your Words」シリーズの今後の展開を教えてください。
これまで40点ほど制作したのですが、これからも描き続けたいですね。美術館のような大きな空間で個展をする際には、「LOVE」が50点くらい並んでいる空間をそのうち作ってみたい。何点も同じような作品を描くかどうかというのは、その作家の表現したいことにも繋がると思うんです。例えば、日付を描いた河原温さんの「Today」(通称、日付絵画)シリーズも、1点ではなく、何千点も制作したことに意味があって、いくつも並んでいることで作家の表現したかったことが受け取れる。私自身も、さまざまな人に言葉を書いてもらうことで、個々の違いやその背景を描き留めていきたいです。それぞれはとても小さな変化に見えるかもしれないけれど、一つとして同じものがないこと、象徴的な存在として言葉を捉えるのではなく、言葉をどんどん抽象化していくために、数があること自体も私の表現に密接に関わっています。
――常に学生と接して教える中で、先生自身も常に新しいものを吸収しながら学んでいると思うのですが、一方で、慣れてしまうとマンネリ化することがあると思います。モチベーションを保つために心がけていることはありますか?
ずっと続けていくと、どんなこともマンネリ化するのではないでしょうか。制作も考えることをやめて同じことを繰り返しているばかりでは、教えることもつまらなくなってくると思うんですよね。そうならないためには、やはり常に今何が描けるかを考え、描き続けること。新しい場所で展示をして、新たなフィードバックをもらって、行ったことのない場所を訪れたり人に出会ったり、新しい体験をしたり。ときには批判を受けることも必要だとも思います。自分が常にアクションをしていくことで得るものは必ずあって、その経験を通して学生に伝えることができるはず。だって、アクティブな先生と話したいと思うでしょう? 改めて、私の主軸とは、絵を描くこと。描くから、学生をサポートできる。そんな教員でありたいと思うんです。
Information
『LOVEファッション―私を着がえるとき』
KCI所蔵の衣装コレクションを中心に、人間あるいは生物の根源的な欲望や本能を照射するアート作品とともに、ファッションとの関わりにみられるさまざまな「LOVE」のかたちについて考える展示。18世紀の宮廷服からコム デ ギャルソン、ロエベなど現代のトップデザイナーの洋服や、ヴォルフガング・ティルマンス、AKI INOMATA、松川朋奈、そして横山奈美の作品も展示されます。
会期:2024年9月13日(金)〜11月24日(日)
開館時間:10:00 〜 18:00(金曜日は20:00まで)
休館日:月曜日(9月23日、10月14日、11月4日は開館)、9月17日、9月24日、10月15日、11月5日
会場:京都国立近代美術館
公式サイトはこちら
ARTIST
横山奈美
アーティスト
1986年岐阜県生まれ、愛知県瀬戸市在住。捨てられる寸前の物を描く「最初の物体」シリーズや、ネオンをモチーフに、背後の配線やフレームまで克明に描く「ネオン」シリーズなど、物や言葉が持つ価値観を問い、個々の存在に同等の眼差しを注ぐ。最近の主な個展に「遠くの誰かを思い出す」(ケンジタキギャラリー、2024年)、「アペルト10横山奈美LOVEと私のメモリーズ」(金沢21世紀美術館、2019年)、グループ展に「Before/After」(広島市現代美術館、2023年)、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、2022年)などがある。
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