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INTERVIEW
2023.10.06
「現実とバーチャルを横断しながら、新しい風景を目指して」 / キュレーター・山峰 潤也が考えた“風景”と“アート”
Photo / kengo Yamaguchi
Edit / Eisuke Onda
特集「交差する風景」では“部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。”と、一言では言い表せないほど多様に広がる「風景」について、さまざまな人の視点を借りて紐解いていきます。
今回登場するのはキュレーターの山峰 潤也さん。10月に京都で開催するARToVILLA MARKET Vol.2「Paradoxical Landscape」で、今日の風景についての思いを提示しました。
なぜいま「風景」なのか? スクラップアンドビルドを繰り返す都市や、生まれ育ったニュータウン、アニメや漫画などのバーチャルのリアリティの話まで。変容する風景とアートの話を、山峰さんに伺いました。
インターネット以降の風景のあり方
ーー山峰さんにとって「風景」がどのようなテーマなのか教えてください。
山峰:風景について考えることは、自分の中で長年のテーマとしてあります。風景は、それをきっかけに誰かを思い出すことがあるように、記憶の拠り所にもなっている。でもその一方で、現実ではどんどん変わっていきます。風景は過去と現在を半分ずつ抱えながら、スクラップアンドビルドを繰り返す近代の流動性の中で、日々入れ替わっていくのです。
このような観点で風景について考えるようになったのは、自分が茨城県の筑波で育ったことも関係しています。僕は1983年生まれで、85年に筑波へと引っ越してきました。そこは国立の研究機関・大学を中心に街づくりが進められ、それに従事する人々が移ってくるために開発されたいわゆるニュータウンで、87年には周辺の町や村と合併し「つくば市」となりました。
だからそこは童謡の「故郷」で歌われるような古き良き、里山的な日本の風景とはほど遠いし、商店街や祭りがある街でもない。他の土地から移住してきた、茨城弁もしゃべれない人ばかりという特殊な環境でした。しかしそこから一歩出ると、昔からこの地域で生活し、全く違う生活習慣や仕事をしている人々が暮らしているという不思議な街だったんです。
ーーそのような環境で過ごすと、例えば『男はつらいよ』シリーズで描かれるような、古くから変わらずある、日本の原風景的なものにリアリティを感じることは出来なかったのではないでしょうか?
山峰:そうですね。ストレートに共感できるものではありませんでした。つくばには八百屋さんとか、そういう路面店が少ないんです。スーパーやショッピングモールなどばかりで、「人が生きる」という営みを繰り返した結果生まれた街じゃないんです。全てがあらかじめ計画されて出来ている。だから子供の頃は上野のアメ横なんかに行くと、エネルギーが凄すぎて圧倒されてしまいました。
だからといいましょうか、世代的な感覚もあって終末思想だったり、退廃的なものに惹かれるところはあったと思います。『多重人格探偵サイコ』(*1)とか『ホムンクルス』(*2)などのマンガのように、どこか矛盾があったり、分裂的な世界観のほうがしっくりくるんです。
*1.......原作・大塚英志、作画・田島昭宇による多重人格の元刑事が主人公のサスペンス。連載当時、ショッキングな描写が話題に。1996年から2016年にかけて角川のコミック雑誌で連載。
*2……元外資系金融のエリートでホームレスの主人公が人の頭蓋骨に穴を開けることで第六感が目覚めるというトレパネーション手術をすることで風景が変容する物語。作者は『殺し屋1』などを描いた山本英夫。2003年から2011年まで『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載。
ーーマンガからの影響について今触れられましたが、現在はメディアを通じた経験が風景の見え方に影響を与えている部分もあると思います。それについてはどのようなことを考えてらっしゃいますか。
山峰: 分かりやすいところですと『耳をすませば』といったジブリ作品に登場するニュータウンや、『君の名は。』に登場する須賀神社はファンにとっての聖地になっています。つまり現実の街がアニメになって、もう一度リファインされることによって、現実とアニメの二重性が生まれるわけですよね。つまりバーチャルの世界が地続きのものとしてあって、全く分断することができずにいる。そういう感覚が、現代における風景の認識の在り方なのではないかと思います。こうした感覚はインターネットの登場でさらに日常的なものになっていると言えるでしょう。
スタジオジブリの『耳をすませば』より。© 1995 柊あおい/集英社・Studio Ghibli・NH
だけどそれによって、苦しんだり発狂したりするのかっていうとそうではなくて、 それが当たり前の状態を受け入れていて、その中で自分が乱立してる世界を行き来しながら、環境に応じて分人的(*3)に乗りこなしつつ整合性をとっていけばいいと思うんです。だけど上の世代は「アイデンティティ」と言って、同一性を求めてきます。あなたは何になりたいの?あなたは何者なの?と。でもそれは、情報をホッピングしながら生きる若い世代の感覚とミスマッチを起こしています。近代的な進歩史観に基づいた大きな物語に寄り添って、その中で生きることは必ずしも良いわけではありません。
*3……小説家・平野啓一郎が提唱した。たったひとつの人格を「本当の自分」と捉えるのではなく、環境や対人関係によって異なる複数の人格をそれぞれを「本当の自分」として捉えること。
オルタナティブの先を目指して
ーー表現の世界もそうした「大きな物語」をこれまで語ってきたように感じます。
山峰:もちろんそういった部分はあると思います。キュレーターたちもアーティストの生き方とアウトプットを一連のものとして捉えて、説明しやすい物語を伝えています。印刷などのメディアを使ってそれを大量に流通させ、パッケージにしてきました。でもインターネットには、もっと流動的な情報や、常に変化していく情報がある。
こうした流動性は、話し言葉がベースになっていると思います。そしてそんな話し言葉なるものが物語を派生させ、変化させていくことによって、刹那的な真実となっていく。このようなリアリティが、ネットの普及によって復権してきていると僕は感じています。
だから大きな物語も絶対的に正しいわけじゃなくて、その時代における必然性の中において、優先されたということに過ぎないのです。現代の表現者たちに、複数の名義を使いわけたり、いろんなキャラクターをもってその時々に応じた活動をしている人がいるのはそうしたネット以降のメディア環境が反映されているように思います。
ーー山峰さんはそうした時代の状況のなかで、大きな物語的ではないものとしてキュレーションなどに取り組まれてきたのでしょうか?
山峰:はい。僕は大きな物語に対するオルタナティブでありたいという気持ちがすごくあります。 今はキュレーターとして美術の世界にいるけれども、かつてはパフォーミングアート、実験映画、メディアアートなど、そういったジャンルに関わることからキャリアを歩み始めました。そういう意味では、アートの世界からは絶対に王道とは思われないですし、まして、そういう領域でやってた人が美術館で学芸員をやるっていうこと自体、僕が学芸員の仕事を始めた2010年頃でさえ、まだ珍しいことでした。
メディアアートはアートのオルタナティブな領域として出発しました。例えばビデオアートというジャンルは、テレビではない、つまりマスメディアではないメディアを作るということがテーマなんです。だからスペクタクルな映像体験を作るっていうことが目的ではなく、個人が映像を作るということが大切だった。また、アメリカにおけるCSチャンネルやケーブルチャンネルは、全国放送では流れない地域の物語をそれぞれ情報交換するみたいな役割もあったんですよね。
なぜこれらのムーブメントがかつて起こったのかというと、映像はそれを享受する人のためにあるはずなのに、 情報産業は享受する人をコントロールし、何時間もテレビの前の釘付けにして、画一的な情報を与え続けることで民主主義をコントロールしようとしたからです。ビデオアートやCSチャンネルはそういったものに対するリアクションだったんです。
ーーそのようにメディアがマジョリティを作り出す状況は、現在も変わっていないように思えます。
山峰:マスメディアによって形成されたステレオタイプがどのようなものであるかについては、すでに1922年にウォルター・リップマンが『世論』(*4)という本に書いているのですが、こうした社会の捉え方は現代にも通じる部分もあり、読めば読むほど「怖い話しか書いてないんだけど?」みたいな気分になります。
なぜならインターネットの時代を迎えてもSNSは何時間も人々の目を釘付けにしようとしますし、そこにサブリミナル的に広告が流れて人々を先導しているからです。メディア社会を批判的に語ろうとするとこのような解釈もありだとは思うのですが、SNSを使って自由を獲得した人もいるので一概に悪いともいえず、そのあたりの評価は難しいところです。
ただ話を戻しますが、このように支配的なメディアがステレオタイプな、画一的な物語を語ろうとすることに対して一石を投じてやろうみたいな気持ちが自分の中にあったんです。でもその一方で、2018年に水戸芸術館で「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」という展示をやった時に、批評的にフルスイングして、 何かを殴り倒すみたいなことはもちろん時には必要ですが、そればかりではダメだなとも思うようになりました。
*4……著者は第一次世界大戦中にアメリカの軍事政策にも関わっていたジャーナリスト。人間と環境の関係の中から方向づけされる固定観念を「ステレオタイプ」と呼んだ。
セシル・B・エヴァンス《溢れだした》2016 「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」の展示風景(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2018年)撮影:山中慎太郎(Qsyum!)
ーーなぜそのように思ったのでしょうか?
山峰:この展覧会ではテクノロジーの進歩主義に対する批判的な立場をとったのですが、これをきっかけに次の時代に来るようなものを構築するほうが難しいし、そうしたことを担っていかなくちゃいけないなと考えるようになったんです。究極的には、オルタナティブの先を目指したいですね。それによって対抗軸、対立構造を超えていきたいと思っています。
だからそのような構造に回収されないための「価値指標」をどんどん増やしていきたいというのが最近の自分のテーマです。それによって、経済的なものも含め様々な理由で生きづらかった人達が生き生きと生活できる社会に変えていきたい。世の中の構造が変わっていく瞬間に立ち会いたいんです。そうすると人々の世界観も変わって、きっと新しい風景が見えてくるんじゃないでしょうか。
山峰さんが関わっている「Ladder Project」の記事はこちら!
さまざまな風景が交差する展示
ーー10月末から山峰さんが企画に関わられたArt Collaboration Kyoto(ACK)〈Ladder Project Powered by Daimaru Matsuzakaya〉とARToVILLA MARKET Vol.2〈Paradoxical Landscape〉という2つの展示が京都で始まります。京都は歴史を感じさせる街ですが、京都の風景はどのように見ていらっしゃいますか?
山峰:今述べたように二項対立的に物事を捉えることに対して懐疑的になっていることもあり、大人になってからだんだんと伝統的なものが面白いと思えるようになってきました。例えば日本酒や発酵食品、茶器などから変化しながらも継続していく文化や社会のタフネスさを感じ、それらを通じて世界や風景の見え方も変わってきました。
ーーACK内のスペシャルプログラムとして展開される〈Ladder Project〉にはどんな狙いがあるのか教えてください。
山峰:昨今のアーティストは制作にあたって、分かりやすい結果を求めるようになってきています。作品内容を探求したり実験することよりも、売れるアウトプットを目指すことが是とされる。そんな現状だと、世界に出ていって表現者としての階段を上がっていく道筋もなかなか見出せません。世界には日本のコンテキストよりももっと面白い社会がいっぱいあるし、日本はもう経済的に昔みたいに強いわけでもないから必ずしも注目されるわけではない。だからこの〈Ladder Project〉を通じて、自分のレベルを上げるような作品を作って、次のステージに行ってほしい、もっと多様な評価軸のなかに自分を置いてほしいと考えています。
ーープロジェクトにはスクリプカリウ落合安奈さんと玉山拓郎さんが参加されます。
山峰:2人とも国内的には十分に評価は高いけれども、海外での認知はそこまでではありません。だからこそ国際的なイベントで、今後のステップにしてほしいと思います。
落合さんの作品は自らのルーツに関連したものです。そのような作家はそれこそ世界を見渡せばごまんといるけれども、彼女のアイデンティティを深められるならば、それはユニークなものになると思うので、そこから目を逸らさないようにしてほしいと思っています。玉山さんは視覚的な体験をこれまでインスタレーションとして提示してきた印象が強いと思うのですが、今回は時計の秒針が一秒ごとに動く角度に着目することで、人間を縛っている時間をテーマにした作品を展示する予定です。
ーー〈Paradoxical Landscape〉には「風景」を意味する言葉が使われています。展示のコンセプトについてうかがってもよろしいでしょうか?
山峰:先ほどもお話ししたように、現代の風景はメディアを経由して見た風景が自分の風景にもなっています。メディアによって目に前の風景が浸食されていくような、そんな両者の密接な関係を踏まえると、純粋に風景の中に生きることはもうできないのかもしれません。それは批判されるべきことなのかもしれませんが、一方では、もはやそういう世界でしか私たちは生きられないのではないかという問いかけができればと思っています。
参加してもらう作家の作風や世代も多様なので、展示全体の内容にグラデーションを持たせられればなと考えています。また、僕の用意したコンセプトでは語りきれない部分の広がりを作家のみなさんが持ち込んでくれることを期待しています。
〈Paradoxical Landscape〉が開催されるFabCafe Kyotoの外観
〈Paradoxical Landscape〉が開催される内観
ーー会場となるFabCafe Kyotoは築約120年の木造建築をリノベーションした施設ですが、どのような展示になりそうか教えてください。
山峰:設置にあたっては会場を設計した佐野文彦さんにも協力してもらい、この時間の重層性を感じさせる空間の中に、モノリスのように謎めいた「作品」を持ちこむことで、面白いことが起こればいいなと思っています。視覚だけではなく触覚的な感覚から引き起こされるランドスケープもあるはずだし、そういう意味ではすごくバリエーション豊かな「風景」が見られるでしょう。
Information
Art Collaboration Kyoto(ACK) Special Program
「Ladder Project(ラダー・プロジェクト)powered by Daimaru Matsuzakaya」
■展示アーティスト:
スクリプカリウ落合安奈
会場:国立京都国際会館(京都市左京区宝ヶ池)
展示日時:10月28日(土)12:00–19:00、10月29日(日)11:00–19:00、10月30日(月)11:00–17:00
入場料:ACK(https://a-c-k.jp/)に準ずる
玉山拓郎
会場:Bijuu(京都市下京区船頭町 194 村上重ビル2F)
展示日時:2023年10月27日(金)11:00–19:00、10月28日(土)11:00–22:00、10月29日(日)11:00–19:00、10月30日(月)11:00–17:00
入場料:無料
■企画監修:山峰潤也
■制作:株式会社NYAW
■制作進行:株式会社ロフトワーク
「ARToVILLA MARKET Vol.2」
展示テーマ:Paradoxical Landscape
展示アーティスト:浦川大志、河野未彩、GILLOCHINDOX ☆ GILLOCHINDAE、藤倉麻子、藤田クレア、藤田紗衣、Meta Flower
展示場所:FabCafe Kyoto 1F・2F (京都市下京区本塩竈町554)
展示期間:2023年10月27日(金)- 30日(月)
開催時間:11:00–19:00(最終日は17:00まで)
入場料:無料
企画監修:山峰潤也
制作:株式会社NYAW
制作進行:株式会社ロフトワーク
詳しくはこちら
DOORS
山峰潤也
キュレーター/プロデューサー/株式会社NYAW代表取締役
東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターにて、キュレーターとして勤務したのち、ANB Tokyoの設立とディレクションを手掛ける。 その後、文化/アート関連事業の企画やコンサルを行う株式会社NYAWを設立。 主な展覧会に、「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」、「霧の抵抗 中谷芙二子」(水戸芸術館)や「The world began without the human race and it will end without it.」(国立台湾美術館)など。 また、avexが主催するアートフェスティバル「Meet Your Art Festival “NEW SOIL”」、文化庁とサマーソニックの共同プロジェクトMusic Loves Art in Summer Sonic 2022、森山未來と共同キュレーションしたKOBE Re:Public Art Projectなどのほか、雑誌やテレビなどのアート番組や特集の監修なども行う。また執筆、講演、審査委員など多数。2015年度文科省学芸員等在外派遣研修員。 Photo by Mayumi Hosokura
volume 07
交差する風景
わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。
この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。
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