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2025.05.21
TAKANAWA GATEWAY CITYでエマニュエル・ムホーの色を体験する / 連載「街中アート探訪記」Vol.40
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは2025年3月27日にまちびらきしたTAKANAWA GATEWAY CITYに期間限定で設置されているエマニュエル・ムホーのインスタレーション作品。カラフルで大衆性もある「映え」とも言われてしまう作品をじっくりと鑑賞する。
TAKANAWA GATEWAY CITYにできた百色の道
大北:天気が良くて眩しいですね。
塚田:眩しいから映えますよね。やっぱり、このカラフルな作品は。

『100 colors no.53 「100色の道」』エマニュエル・ムホー @TAKANAWA GATEWAY CITY
大北:エマニュエル・ムホー《100色の道》。わー、パブリックアートを巡っていていまだかつてなくキャプションがきれい(笑)。新品だからピカピカだ。
塚田:そこですか(笑)。TAKANAWA GATEWAY CITYはJRが進める大規模開発プロジェクトで、この3月から駅直結のツインタワー「THE LINKPILLAR 1」の一部が先行してオープン。秋に追加で商業やホテル等も開業するそうです。こちらは7月21日までの期間限定で置かれた作品です。
大北:建物もピカピカだ。みなとみらいに行った回がありましたがあれの出来立てとかもこんな感じだったのかな。
塚田:どうでしょうね。ここは形もそんなに直線的でなくて、有機的で、今っぽい未来感がありますよね。
大北:作品も鮮やかできれいでとっても目を引く。たくさんの人が写真を撮っていますね。
塚田:他の人が撮ってると、ちょっと気を使っちゃいますよね。

エマニュエル・ムホーって誰?
塚田:ムホーさんはこういった作風でいろんなところで空間インスタレーションや建築を手がけてる方です。
大北:知らなかったです、インスタレーションの美術作家ですか?
塚田:キャリアの出発は建築家です。東京に事務所を構えて活動されているフランス人建築家で、アーティストの方なんです。近年はこうしたカラフルなインスタレーションや、建築デザインなどいろんな場所で仕事をされています。
大北:隈研吾とかそういう感じですかね?
塚田:事務所を構えているという意味では似てますけど、ムホーさんはアーティストやデザイナーとしても活躍してて、アウトプットの形にはそれほどこだわってないみたいですね。
大北:建築家はアート分野にはあんまり来ないですもんね。
塚田:もともとムホーさんは大学の卒業制作のときに、日本にリサーチに来たんですよ。そこでおそらく看板なんかが雑多にレイアウトされてるのを見て、ヨーロッパのような統一感のとれた景観ではなくて、色が重なり合ったレイヤーのようになってる日本の都市のあり方がすごく新鮮に映ったようです。もうそのときに「将来は日本に住もう」と決めたそうです。
大北:今インバウンドの方の観光映像とか外国のアーティストの来日MVとか、新宿や秋葉原とかのガチャガチャしてるとこ撮りがちですよね。そういう背景があるのか!

塚田:フランスに戻って建築家免許を取って、再び日本に来たんですけど、日本の設計事務所で修行という道ではなく、最初は日本語学校の先生をしながら建築家への道を模索してたそうです。そこから実績を少しづつ積んでいって、2000年代前半には事務所を設立したと。
大北:じゃあ日本でキャリアを築いてきた建築の人なんですね。
塚田:そうです。彼女は日本の「雑多な空間のレイヤー感」と「色彩の豊かさ」に着目して、「色切/shikiri」というコンセプトを立てたんですね。「色によって空間を作っていく」ということを自分の制作のコンセプトにしたんです。
大北:色で区切る。じゃあ、この『100色の道』はこれぞエマニュエル・ムホーって感じですかね?
塚田:そうですね。そもそもこの作品のタイトルには『100 colors no.53』がついてます。つまり53作目ってことですね。

大北:ってことは色んな「100色の◯◯」がありそうですね。
塚田:そうなんです。今回の『100色の道』では、100色それぞれに1年ずつ年号が書かれています。つまり2025年から2124年までの100年間を色で表現してるんですよ。
大北:この番号が書いてあるのはそういうことなんだ、読み流してしまってました。
塚田:なので、一番奥が2124年で、手前が2025年。そこを通り抜けていくという構造になっているんです。

大北:「100年を歩いていく」っていう体験になるんですね。
塚田:そうです。年号ってアートでもよく使われますよ。例えばコンセプチュアルアートの作家・河原温なんかも、1組の男女が年号を読み合う《One Million Years》という作品を作ってます。
大北:読み流してたのは映画『マトリックス』の背景のようなデジタル空間を表した記号かと思ってたんです。あれとは違ったんですね。
塚田:確かに数字って日常に溢れてるから、なにかの記号なのかなって思ってあんまり深く考えないですよね。これは西暦なんですよ。

オープニングとしてのパブリックアート
大北:実際に人も集まってますし、撮影してる人も多い。人気がありますね。
塚田:高輪ゲートウェイ駅を降りた瞬間から、もうこの『100色の道』が掲示物で推されています。今回こうやって期間限定で設置されているのは、オープニングにあたって一つの呼び物としても機能してますよね。まちびらきにふさわしい作品です。
大北:お祝いの言葉や花束に近いものがありますね。「100年先もそうでありますように」みたいなことはお祝いで言いますけど、あんまり辛辣な言葉は言わないですし。
塚田:そうですね、花束みたいな感じですね。

建築としての色
大北:花束って、中の花がなんだろう?とか私は深く考えてなかったんですが…今回どうやってこれを深く味わっていけばいいですかね。
塚田:エマニュエル・ムホーは建築家なんで、建築の視点で考えてみましょうか。近代の建築にとって、色って割と副次的な要素だったんですね。
大北:色とかよりもっと重要なことがあるだろうと。
塚田:そう。まわりの建物を見ればわかると思うんですけど、近代建築って技術的にガラス張りができるようになったんで、全部ガラス張りにすることが近代性の象徴にもなるわけですよ。金沢21世紀美術館もガラス張りでしたよね。でもいわゆるポストモダン建築のちょっと前ぐらいからそのあたりの美意識のオルタナティブがでてくる。例えばレイト・モダン期の作例になるんですが、フランスのポンピドゥー・センターって建築の外側が結構カラフルなんですよね。色が塗られてたりする。ポストモダン建築になってくると、建築に色塗るのむしろOKだよねという雰囲気になってきます。ちなみに前回のフンデルトヴァッサーもカラフルでしたが、そういう流れとパラレルに、つまり並行していたわけですよね。モダニズム建築とは違うんだと示す要素として色彩があったわけですよ。とはいっても、そのポストモダンがもう50年近く前の話ですから。
大北:うわ、ポストモダンも50年。「もはや戦後ではない」は10年ちょいだったそうです(笑)。
塚田:人にもよるでしょうが今の建築家の考え方として、もはや色を使うことに抵抗感を持つ必要はないんですよね。
大北:ムホーさんのいた建築界隈ではそんな流れがあったんですね。

建築家として野心的な色
塚田:ところで今回ムホーさんのインタビューを読んできたんですが、けっこう過激なことを言ってるんですよ。要約すると「私は色を素材じゃなくて、純粋な色彩として使いたい」みたいなことを言ってて。
大北:純粋な色彩? それって過激ですかね?
塚田:これ、もはや画家の発言です。
大北:うむ? まあたしかに画家が言いそうだけど過激かな?
塚田:もちろんムホーさんはアーティストとも名乗ってるんですが、建築出身の人でここまでやりきるっていうのはかなり攻めてるなと。
大北:「あの辺にちょっと紫置いてさあ」とか、そういう言い方じゃないんですもんね。純粋な色彩として味わおうと。もう正座しないといけない。

塚田:いや、建築の人は「紫置いてさ」なんてことはあまり考えないと思うんですよ。例に挙げたポンピドゥー・センターの色彩の使われ方って、ダクトとかエレベーターとか使い方や機能によって色をつけていたんです。建築家として、感覚的な判断ではなく、機能とか空間を作る思考の延長線上で色を使っている。
大北:ああ、なるほど、建築の世界は合理を突き詰めたモダニズム建築の流れがあったって話を前回してましたもんね。極めて合理的な世界で、そこにようやく合理的に色も使えるじゃんという流れも出てきた。
塚田:そしてその先でムホーさんは純粋に色を使い、エモーションを感じて欲しいと言ってるんですよ。
大北:なるほどなあ。過激さがわかりました。「オープニングの作品作ってくれ」「はーい、華やかにしときましたー!」じゃないんですね。建築に「純粋に色を味わう」があってもいいのではないか…というメラメラした野心と「TAKANAWA GATEWAY CITYオープンです!」が重なったんだ。のんきには見てられんな。

ムホーが知られる時が来た
大北:この100色シリーズはこれが53ということはすでに52個はあるんですよね。
塚田:たくさんあります。「100色」と「色切/shikiri」、色によって空間を作るというコンセプトですね。こんな短冊状のものもあれば、そうじゃないものも。建築と一体になってるものとか、屋根がカラフルだったりするタイプもあります。
大北:建築もあるんですね。
塚田:オフィスのデザインとかアパレルとのコラボレーションとかも。いろんな形で展開されてます。「ムホーさん、今引っ張りだこなんですよ」ってARToVILLAの担当さんも言ってましたが、今日来て本当にそうだなと思いました。
大北:もしかしたら我々はエマニュエル・ムホーという人をめちゃくちゃ消費する瞬間に立ち会ってるのかもしれないですね。僕は知らなかったですけど、今後あらゆる人が知るような。村上隆のキャラクターとか奈良美智の少女みたいな。
塚田:そうですね。今もみんな遠くから写真撮ったりとかしてますけど、すごく体験として共有しやすいですしね。カラフルで「なにこれ!?」って。
大北:SNSで「ここ行ったよ」「ここ通ったよ」って共有しやすいし。
塚田:会話のきっかけにもなりますよね。夜はまたちょっと違った雰囲気できれいだと思いますし。

色を体験として味わう
大北:今日先に一人で見てて、そうした「人気ありそう」という感じに一歩引いてしまうところが自分の中にありました。
塚田:小松美羽作品でも話題になりましたが、人気があること自体は悪いことではないと思うんですよ。むしろ今のメディア社会においては、作家としての1つの強みです。
大北:今は民が選ぶ時代になってますし。
塚田:ある作家が多くの人に知られて、消費される段階に入ってくると、後から見たときに「この時代にはこういう作品が流行ってたんだな」「こういうイメージが求められていたのか」と後世の視点から文化を振り返るきっかけにもなります。
大北:人気作品とは今この瞬間に「こういうものが求められてるんだな」と気づけるということでもある。
塚田:ただやっぱり、こうやって実際に通ってみると「きれいだな」と感じますよね。「おおっ」となる感覚。ダニエル・リべスキンドのときも話しましたが、ムホーさんも空間の体験こみで作品が成立していることは建築家らしい。大北さん、そもそも「色」って好きですか?
大北:好きだと思うんですが今回は「目に快楽すぎる」と修道僧みたいな気持ちになってしまい…。でも改めて歩いてみると色が変わっていくって原始的な面白さがありますね。

塚田:100色あるだけあってバリエーションがありますよね。一見すると、蛍光ピンクとか鮮やかな色が目立ちますけど、実際にはグラデーションも細かく作られてる。「ああ、100色ね」と一瞬見ただけで理解した気になるのはもったいない。
大北:まさにそうなってました。
塚田:例えば「ピンクの中にもこれだけの幅があるんだ」とか見ていくと、色の奥行きが見えてきます。
大北:なるほどなあ。「純粋な色彩として使いたい」ってムホーさんが言うなら、こちらも受けて立つぞと。
塚田:そうですね。「これだけ幅があるんだな」とか。1列ずつで1色なんですが、少し斜めに見ると、どんどん色が変化していく感じがします。
大北:斜めにも。すると視点を変えるだけでどんどん変わる。
塚田:配置の仕方で、目がチラチラするような視覚的な効果を狙ってるんでしょうね。
大北:確かに、視点が10センチ動くだけで景色がガラッと変わる。それが連続してるんですね。

大北:色に集中するとまた変わりますね。1本1本が体験になるというか。やっぱり色がガンガン飛び込んでくる。これがムホーさんが日本に来て体験した感覚なのかもしれない。
塚田:大北さんがやっと素直に作品と向き合ってくれた(笑)。
大北:今までは「映えスポットでしょ」と思ってましたから(笑)。色の雨みたいな感じもあるし、虹のようでもあるし。色は一つ一つに何かしらの思いが付随してますよね。ピンクはこういうイメージ、赤はああいう印象とか。
塚田:そうですね。色に対する感覚って、性別や年代を問わず、ある程度共通してますよね。赤は活発、青は冷たい、みたいに。ある意味では、普遍的な言語とも言える。
大北:なーるほどな、色は言語とも言えるか。

くぐることは人気がある
大北:でも、なんで100年としたんだろう。
塚田:100年は時間の流れということですよね。実際の作品体験とパラレルにもなっていて、歩くという時間を通してじゃないと体験できない作りになってる。
大北:「人々や建物が100年経つこと」と「自分が色の間を歩くこと」が相似形になってて、擬似的に足で体験できる100年。
塚田:そういう意味では、いわゆる「胎内くぐり」みたいな要素もありますよね。奈良・東大寺の大仏とか。
大北:ああ、大仏の鼻の穴と同じ大きさの柱の穴をくぐるやつ。
塚田:あれも、「くぐる前とくぐった後では何かが変わる」みたいな意味が込められてますし、こういう体験型の作品にも、そういう要素が含まれてることがあります。
大北:トンネル状の作品ってありますね。赤ちゃんの産道の話になりがちの。
塚田:そもそも「人はくぐるのが好き」なのかもしれません。茅の輪(ちのわ)をくぐったりしますよね。「くぐる」って行為には、いろんな意味が付与されてきました。

大北:そうだ、日本の「映えスポット」と言えば、京都伏見稲荷の千本鳥居ですよね。
塚田:あれは最も「映え」に成功した場所の一つでもありますよね。赤一色と、くぐるという体験が共有される。
大北:あーそれだそれだ。あそこの影響は大きそうですよ。
塚田:くぐることには、みんなが深層的に共感してる面白さがあるんでしょうね。「くぐるのって楽しいよね」っていう感覚。動いてるものをつい見ちゃう、とかそういうレベルの。そこに後から宗教や芸術が意味を乗せていった感じなんじゃないでしょうか。
大北:確かに、くぐってる間に視点が少しずつ変わって、景色も少しずつ変わっていくんですよね。赤ちゃんがモビール見て笑ってるような、自然な感覚として面白い。

美術評論の塚田(右)とユーモアの舞台を作る大北(左)でお送りしました
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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