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INTERVIEW

2022.04.06

心で花を描く画家 / 「居場所のかたち」中北紘子インタビュー

Interview&Text / Tetsutoku Morita
Photo / Shimpei Hanawa

かつて物理的な場所を表す言葉だった「居場所」。その言葉は今や、心理的な意味を強く帯びるようになってきました。“居場所のかたち”は“心の在りか”と捉えることができるかもしれません。中北紘子さんは花をモチーフに心に宿る感情を描き出すアーティスト。昨年、神戸にオープンされた自身のギャラリーや、4月14日から大丸京都店で開催されるART@DAIMARUに展示される作品から今回の特集テーマ「居場所のかたち」に重なるクリエイティビティを感じ、お話を伺いました。

flower no.20211029

思いがけない絵の具の“垂れ”に身を委ねることで、魂を持った作品が生まれる。

――ギャラリーで作品を鑑賞した際、幾重にも重ねられた色彩が織りなす花の絵から、中北さんが経験された感情を追体験しているような感覚に包まれました。この様な作風に至った経緯から教えていただけますか?

幼い頃から絵を描くことが好きで、その反面、言葉を使って表現するのは苦手でした。言葉は時に人を傷つけてしまったり、良かれと思って言ったことがダメだったりもする。コンサバティブな環境で育ったこともあり、色を使って表現することは誰も傷つけないし、私自身も自由に表現できると思い、小学校を卒業する頃には、色を使った仕事に就きたいと考えるようになりました。

――物心ついた時から“色”をコミュニケーションの手段として捉えられていたんですね。絵を描き始めたのはいつからだったのでしょうか?

幼稚園の頃です。家の近くにある絵画教室に通い始めて。先生は女流作家さんで、さまざまなものを描きましたが、カサブランカや紫陽花の絵が印象に残っています。

bouquet 20200802

――感情を“花”に仮託される現在のスタイルは、幼少期にルーツの一端が。

そうですね。描くこと、作ることがとにかく好きでした。小学校から大学まで一貫教育を手がけるカトリックの学校だったのですが、外部の芸術系大学を目指し、中学校から週一で専門学校のデッサンコースに通い始めました。大学へ進学してからは朝5時から夜10時までとにかく作品を描いていましたね。大学院受験にあたってコンセプトをまとめる必要があり、自分の作品を見返して、その先に何が描きたいのか思いを巡らし「作為と無作為の共存」という生涯のテーマに行き着きました。

――「作為と無作為の共存」を表現するにあたって、絵の具を滴らせるドリッピングの技法をベースにされていますがどんな背景があるんでしょうか?

絵の具を重力に委ね、色彩がキャンバスの中で垂れていく様子は私の心に強い印象を残しました。白いキャンバスを目の前にしたとき、画家は全てを支配できるかのように錯覚しますが、実際はすべてをコントロールできるわけではないのです。私にとって絵の具の垂れは、身体の奥深くから生じてくるもの。思いがけない垂れに身を委ね、その都度の予期せぬ出会いを受け容れながらも色を置くことで、魂を持った唯一の作品が生まれてくる。「作為と無作為の共存」を描くのに最適だと思いました。

――絵の具に加えて、砂、紙、石など、さまざまな素材を使われていますね。

大学では絵画コースに在籍していました。そこでは、彫塑や染色などさまざまな体験ができる環境で、一つの分野に固まることなく多様な刺激を受けられました。また油画は元来、表現の幅が広く、学んだ経験を生かせる。そういったことが今のマチエールに繋がっていると思います。

※マチエール = 作品の材質がもたらす効果

――平面作品にも、隆起があり、光の加減で影を落とすような表現が印象的です。制作はどのように?

アクリル絵具のメディウムに砂を混ぜたものでキャンバスに凹凸をつけ、それから色を置いていきます。絵の具の垂れはどこへ行くのかわからないのでバランスを考えながら。あと、1点に集中しすぎると客観視できなくなるので、視点を変えるため、あえて異なるテーマやサイズが違う作品を並べ同時に描いています。

flower no.20210209 - Mr.D -

作家は表現し伝えることが仕事だから目を背けたくなることも見なければいけない。

――ART@DAIMARUに展示される『Mr.D』という花の絵を拝見したんですが、モチーフとなったDさんの繊細な心が感じられるようで、絵画だから可能な表現だと感じました。

面識はなかったけれど、お話をしてみるとその人の本当の面が垣間見えたりする瞬間がありますよね。相手が何か表現をされている方だったら、こういう生い立ちだからここまで繊細なことができるんだなとか、そういうストーリーが気になります。『Mr.D』はそういった「人との出会い」をモチーフにした作品ですが、他にもあらゆるものからインスピレーションを得て制作しています。

――インスピレーションといえば、折り鶴を使った『pray』シリーズはコロナ禍で生まれたそうですね。

はい。『pray』は祈りをモチーフにしていて、昨日は、ウクライナに向けた作品を制作していました。困ってる方たちが実際にいらっしゃるので、少しでも寄付などができればと考えています。

――パーソナルな記憶だけではなく、グローバルな問題をモチーフにされるんですね。

作家は目を背けたくなることも見なければいけないと思っています。私も母親なのでそういったことをあまりにも感じてしまっていたら子供たちや家族に迷惑がかかる。普通ならある程度ニュースを見て気持ちを切り替え、生きるようにするべきだと思います。けれど、私は描いて表現し伝えることが仕事なので、見たくない部分も考え、深く入っていかないといけません。なのでいつも2人の自分がいるのかなと思っています。

――母と作家。相反する二つの要素を両立させる所は「作為と無作為の共存」というテーマにも通じるような気がします。社会では今、分断が問題になっていますが思うところはありますか?

その答えに合っているのかわからないのですが、私が子供の頃はまだ男性が生まれたら「おめでとう」みたいな風潮があって、私自身がまさにそんな存在でした。今はジェンダーレスの流れで、大きな価値観の変化が起きています。女性が生きやすさを求めてのことで、それは良いことですが、私は男の子として生まれなかったことの申し訳なさみたいな気持ちがあって家族に平和を願っていました。時代が変わったことを感じつつ、でも女性として生まれたことには良いこともあったとも思う。なので、男性 / 女性は関係なく、みんなが平和に生きられたらいいなと思います。もちろん、女性が強くなって良くなった面はあるし、若い世代と育った環境や考え方は違いますが、ちゃんと自分の意見を持つことは偉いと思います。性別や年代に対する考え方は今後も変わっていくでしょうが、根本的に生まれたことにはありがたいと思っていてほしいです。

California Lemon

アメリカは本来の自分を受け止めてくれる。それがすごく心地よく、色にも表れるのだと思います。

――ジェンダーのお話を聞いていて、二元性の両面を受け入れることが、“居場所のかたち”に繋がるような気がしました。あともう1つ二元的なことでいうと中北さんは、神戸とカリフォルニアにも拠点を置かれていますね。

学生時代はパリが好きで、毎年夏はパリに留学していました。反面、アメリカはいつか行けるかなくらいの気持ちでしたが、結婚後、主人がカリフォルニアへ行くことになって。

――シックなパリに対してカジュアルなカリフォルニア、真逆のイメージがあります。

そうですね。ずっとパリが好きだったんですけれど。でも私は全てが出会いだとも思っていて、結構体当たりでぶつかっていくタイプなんですよ。何もかも運命だと受け止める。当時、上の子が2歳前で本当に手のかかる時期で難しいタイミングだったのですが、いざ行ってみたら、カリフォルニアのニューポートコーストという場所なのですが、すごく良い所で。お天気も良いし。人も暖かく優しくて。

――カリフォルニアに行かれて作品に変化はありましたか。太陽が日本と全然違うといいますが。

そうですね、光が変わるっていうのはもちろん、心理的な影響が大きいと思います。日本にいるとこうしないといけないみたいな“自分”というものが常にあって、抑制されていると思います。けれどそれは良い事でもあって、日本だとすごく繊細な色が出るんです。それがアメリカに行くと、感情の解放が起こって色も全く違ってきます。カリフォルニアにいると、例えば食材を買っていると素敵なマダムが「あなたのピアス素敵ね。どこで買ったの」とか話しかけてきてくれる。日本だとそうした機会はありません。アメリカは本来の自分を受け止めてくれる。それがすごく心地よく、それが色にも表れるのだと思います。

――アクティブであることで、新しい自分と出会えた。

そうですね。本当に。アメリカへ行こうと思っていなかったんですけどね。カリフォルニアには2年間住んで、日本に帰ってからも定期的に行き来していたのですが、ここ2年はコロナで止まっていますね。

――日本とカリフォルニアは中北さんにとってどういう場所ですか。

日本は本来の自分を追求する場所。カリフォルニアは新たな自分を発見できる場所。アメリカでの経験を日本に持って帰ることで、作品に深みが出せるようになったと思います。

――モチーフの発見から、創作に至る際、心はどのように動いて作品を生み出していくんですか。

横浜で作品を描いた時の話なのですが、現地に着くとマリア像がありその先に教会が見えたんですね。誰かに呼ばれたような気がして、すーっと中へ入ると、そこで色がワーっと浮かんできました。

――不意に降ってくるような感覚ですね。描くにあたって下調べなどはされるんですか?

歴史などは勉強しますが、一人で旅行する時などは、ほぼ調べないです。すべては出会いだと思っているので、道端に咲いていた花からインスピレーションを受けたり。あまり知恵を入れない方が色彩は湧いてきます。

――アトリエで制作される時は、どの様に始められるんですか?

頭に思い浮かんだ言葉をワードに書き出していくと、その時たまたま聴いていた音楽がすごくリピートしたり、歌詞と文章がシンクロしたり、何か新しい発見があったり。それらが全部つながって、気づくと自然と色を選んでいます。昨年『眠れる森の池のほとりで』という作品を個展で展示しましたが、それは、子供の頃、祖父から聞いた話を色で表現しました。なので、お花をモチーフにしているのですが、実際お花を見て描いているわけではなく心の中の色なんですね。

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ただいまと言ったらおかえりと返ってくるような、そういう存在でありたい。

――今回ARToVILLAでは「居場所のかたち」というテーマを掲げています。今回、お伺いしたギャラリーは中北さんの「居場所のかたち」だと思うのですが、どんな想いでオープンされたんでしょうか?

幼稚園から高校までカトリックの学校だったので、祈るという行為が身近にありました。私自身は仏教徒で卒業してからはお星様を見つめ、ご先祖様、祖父や祖母を想うくらいなのですが、大人になって祈りとは、自分の心と対話し自らを客観視することで周囲の人へ想いが向かうということと考えるようになって。ギャラリーも来られた方が自分と対話できる空間を目指しました。あと、今、お茶のお稽古に通っていて。お茶室の光と影の空間、作法、お茶をたてたり湯返しをする時に鳴る音や湯気、そんなお茶に関わる全てが、感性を研ぎ澄ましてくれるんですね。そんな理由から教会とお茶室をイメージし設計していただきました。

――デザインを建築家の細尾直久さん、BGMはミュージシャンの大沢伸一さんが手がけられていて、ギャラリー全体が“自分と対話する”インスタレーションのようです。

そうですね。何かに気づいて貰えたり、心に寄り添えたり、受け止めてあげられる存在というか。おうちに飾る絵も、ただいまと言ったらおかえりと返ってくるような。そういうものでありたいと思っています。

――Hiroko Nakakitaギャラリーは訪れる人にとってどんな場所になりますか?

作家本人が在廊すると邪魔になるかなと思い、私はアトリエにいることが多いです。制作は感情との戦いでもあるので結構疲れるのですが、そんなとき、ふと訪れるとちょっと楽になる。なので私にとっては癒しのスペースです。来ていただく方も、普通のギャラリーでしたら作品説明などがあるかと思うのですが、うちは静かに鑑賞していただけることを意識しているので、この空間でちょっと座って考え事をしたり、おうちへ帰る前にちょっと寄っていただいて、心を鎮めたり落ち着かせる場所であれたらと思います。

 

※4月14日(木)から大丸京都店で開催する「ART@DAIMARU」にて展示する作品に関しては、全作品抽選販売となります。

抽選お申込み期間
4月14日(木)〜4月18日(月)20時まで
作品ページよりお申込みください。

information

ART@DAIMARU
大丸京都店 6F イベントホール
4月14日(木)〜4月25日(月)
※4月18日(月)・4月25日(月)は17時閉場、4月19日(火)は終日閉場

中北紘子作品については前期のみの出展となります。
4月14日(木)〜4月18日(月)
※4月18日(月)17時閉場

ARTIST

中北紘子

アーティスト

1981年、兵庫県生まれ。2006年、東京藝術大学大学院美術研究科 絵画科油画専攻修士課程修了後、本格的に創作活動を始める。 神戸と米国カリフォルニアのアトリエを拠点に制作を続け、国内外で発表。 近年の個展に「lullaby」(2021年、東京/TIRES GALLERY)「Hiroko Nakakita –Flower Garden-」(同年、大丸心斎橋店アールグロリューギャラリー オブ オーサカ)「Hiroko NAKAKITA」(同年、NY/Mizuma & Kips)、「Hiroko Nakakita」(2020年、東京/新生堂ギャラリー)「Objectively」(2019 年、兵庫県/GALERIE ASHIYA SCHULE)、 「Blooming」(2018年、ニューヨーク/GALLERY MAX)、「Flowery colors」(同年、阪急うめだ本店美術画廊)など。その他「数寄景・NEW VIEW 日本を継ぐ、現代アートのいま」(2019年、阪急うめだ本店)、 「華美」(同年、GINZA SIX)、「リバーアートフェア 2018」(2018年、米マイアミ)、「アートフェア京都」(2013年、京都)など国内外のグループ展やアートフェアにも多数出展。 六本木ヒルズクラブ、Castle Hotel & Spa/NYなどが作品を所蔵。

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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