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ESSAY

2022.06.10

古今東西の美術品を鑑賞する旅へ / 「私が好きな、アートがある居場所」Vol.3 辻陽介(編集者/ライター)

Text / Yosuke Tsuji
Edit / Eisuke Onda

特集「居場所のかたち」のシリーズ「私が好きな、アートがある居場所」では編集者、モデル、キュレーター、プロデューサーなど、さまざまな方にアートが体験できるオススメの場所を教えてもらいます。今回は編集者/ライターとしてアートやアンダーグラウンドなカルチャーを取材し、一方で文化を耕すメディア『DOZiNE』を主宰する辻陽介さんが推薦。北海道から北九州まで、博物館、資料館、オルタナティブスペースなど、新しい“知”の扉が開くような施設がずらり。刺激的な旅に出かけてみませんか?

そもそも「現代」ってなんだ?

実を言うと僕は現代美術という言葉があまり好きではない。「現代」の部分が余計に感じられるのだ。デュシャンの《泉》を契機として云々といったような話も「うーん、なんだかな」という感じで聞いている。そもそも美術を現代、近代、中世、古代と分別して考える必要性が僕にはまったく分からない。普段から「現代美術」を扱う美術館やギャラリーにはよく足を運んでいるものの、それが「現代美術」だから鑑賞しているという意識は一切なく、それこそ博物館だったり民俗資料館だったり神社仏閣だったりに展示されている古今東西の美術品を前にした際とも、鑑賞姿勢においては特段変わるところがない。もちろん、手法や様式には時代ごとの流行があるのだろうけれど、他の時代と現代とを切り離し、現代だけを過剰に特別視するような態度は、どこか傲慢な気もする。『もののけ姫』のモロ風に言うのなら「いかにも現代人らしい手前勝手な考えだ」となるだろうか。というわけで、今回はいささか変則的なチョイスになってしまったかもしれない。ただし、「私が好きな」という点に関しては一切の偽りがないので悪しからず。

①北方民族博物館(北海道・網走市)

展示スペースにはアイヌ民族、イヌイト、サミの衣装などがフラットに並ぶ

北海道は日本列島の最北端であるというより北方文化圏の最南端である。このことを僕に気づかせてくれたのが北海道網走市にある北方民族博物館だった。北海道のアイヌを南端に、西はスカンディナビアのサミ、東はグリーンランドのイヌイトまで、同館では巨大な北方圏に暮らす様々な北方民族の文化が、衣服、工芸、楽器などいくつかの分野に跨って展示されている。館内を一周すると、北方を彩る文化の多様さ、豊かさに心を奪われる一方、そこには北方イズムとでも呼ぶべき確かな共通性が存在していたということも同時に感じられ、僕たちが普段使用している国境によって色分けされた世界地図がいかに偏ったものであるのかということをあらためて痛感させられる。とりわけ、和人との関係においてばかり捉えられがちなアイヌ文化を、より広範な文化のマーブル模様の中で捉え直すことができたことは個人的にとても良かった。道東に向かう機会があれば是非とも再び訪れたいと思っている。

開館時間:7〜9月の間は、9時から17時まで 、それ以外は9時半から16時半まで
休館日:2月、7〜9月は休館日なし。それ以外は月曜日休み(祝日の場合は翌平日休み)
鑑賞料金:一般550円 / 大学生、高校生200円
住所:北海道網走市潮見309-1
詳細は公式HPにて

②神長官守矢史料館(長野県・茅野市)

この地域にあった伝統で神への生贄として動物たちが差し出されていた。その様子を再現した展示会場

諏訪大社にはかつて大祝と呼ばれる現人神がいて諏訪地域一帯の祭政を司っていた。その大祝が行う神事の多くを取りしきっていたのが神長官であり、この役職は代々守矢一族によって担われてきた。藤森照信の設計による神長官守矢史料館とは、この守矢家が鎌倉時代より所蔵してきた守矢文書を保管・公開している史料館なのだが、その館内においてまず目を奪われるのは空間の壁面に無数に掛けられた鹿や猪の首の剥製だ。御柱祭ばかりに目が行きがちだが、実は諏訪大社には数多くの狩猟にまつわる神事があることでも知られている。中でも最大の神事とされるのが御頭祭で、この祭ではかつて毎年75頭の鹿の首が贄として神に捧げられていたという。同館の展示ではその儀礼の一部が再現されているのだが、これが実に壮観で、さしずめ神を鑑賞者とした血と肉のインスタレーションのようなのだ。なお、敷地内には諏訪に伝わる謎多き古代の地神ミシャグジを祀った御左口神社もあり、諏訪の古信仰の奥深さの一端を感じることができる。

設計は建築家・建築史家の藤森照信が担当。守矢家の78代目当主と藤森が幼馴染みだったことが由来。ちなみにこの場所の近くには高杉庵など藤森作品もある

開館時間:9時から16時半
休館日:月曜日
鑑賞料金:一般100円 / 学生70円
住所: 長野県茅野市宮川389-1
詳細は茅野市観光サイトにて

③Gallery Soap(福岡県・北九州市)

哲学者の森元斎によれば、九州という島の歴史は“中央”に抗し続けてきた抵抗の歴史であるという。それは戦後の美術史においても同様かもしれない。たとえば、東京中心の画壇秩序の転覆を図った菊畑茂久馬らの「九州派」や、過激なハプニングによって猥褻裁判にかけられた森山安英が率いる「集団蜘蛛」の存在は、九州戦後美術史にただならぬ不穏な雰囲気を纏わせている。そうした抵抗者の血脈を現代の九州において受け継いでいる場が北九州は小倉のGallery Soapだ。自身もアーティストである宮川敬一がディレクターを務めるGallery Soapの展示は一風変わっている。たとえば僕が2021年の2月に訪れた時に開催されていたのは革命家・外山恒一の初個展で、会場には「もはや政権転覆しかない!」と書かれた弾幕が不敵に展示されていた。また、立ち入り禁止の廃墟における展示開催など、数多の破天荒な伝説で知られる北九州のストリートアーティスト・BABUが活動拠点としているのも、やはりここGallery Soapだ。ちなみにGallery Soapには前衛音楽家たちのライブハウスとしての側面もあり、それゆえギャラリーなのに酒が飲める。常連に言わせれば「アートも見れる居酒屋」。抵抗者たちの梁山泊の懐は深い。

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住所:福岡県北九州市小倉北区鍛冶町1丁目8-23
牛島均の個展「When it is happen, It is happen [part.2] aufheben」が2022年7月9日(土)~7月24日(日)まで開催。
白川昌生展が2022年8月6日(土)〜8月21日(日)まで開催予定。
ギャラリーの詳細や展示の情報は公式HPにて

DOORS

辻陽介

編集者・ライター

アートやタトゥー、ストリートカルチャー、文化人類学など様々な文化を耕すメディア『DOZiNE』の編集人。共編著『コロナ禍をどう読むか』(亜紀書房)。現在『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』をDOZiNEで連載中。

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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